3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
特に他意はない質問ばかりだったのだが、返って来る答えの一つ一つが予想外に私の想像を肯定するものばかりで、胸が痛くなる。
「水波さん、高校生にしては色んな事を知ってるのね」
「そんな事ないですよ。インスタのフォロワーさんから教えてもらったりしただけで」
「インスタ? そういえばあなた、インスタ消しちゃったって聞いたわ。フォロワーがいっぱいいて、すごく人気だったのにって」
「あ……そ、そうなんです。なんか面倒くさくなっちゃって」
彩菜は照れ笑いのようにはにかんだ。視線が泳いだのを、私は見逃さなかった。私は本丸へと切り込む事を決めた。
「あなた達の年頃でいうと面倒くさいの代表格が恋愛だと思うんだけど、失恋でもしたのかしら?」
彩菜ははっと見開いた目を隠すように、顔を背けた。
「別に……ただ面倒くさかっただけで」
「そうよね。あなたのインスタには、恋人らしき投稿なんてなかったもの。恋人なんかいなかったと思うのが普通だわ」
「先生、知ってるんじゃないですか。だったら……」
「それとも、SNSには投稿できないような恋人だったのかしら?」
彩菜の顔が凍り付いた。
「水波さん、よく聞いてね。私、考えたの。家族関係も友達関係も良好で、炎上するような投稿があったわけでもないあなたが、第二の人格とも呼べるアカウントを消した理由……あなたが本当に消したかったモノが、なんなのか」
アカウントを消す事によって、それまで行ってきた投稿やフォロワーは全て消去される。インスタがコミュニケーションの一部となった彼女達にとっては、それにより人間関係の大半もまた切り捨て、リセットする事ができる。しかし水波彩菜には、そうまでする理由が見当たらない。
とすると、彼女が消したかったのは投稿でもなく、フォロワーでもなく――
「DMの履歴」
俯いた彩菜の肩が、ピクリと震えた。
「あなたのDM履歴には、他人に見られたらマズいような内容が残っていた。言い換えれば、あなたの恋人は他人に知られたら困るような関係性だった。だからあなたは……いえ、彼は消したのね。あなたのアカウントを。岩田先生が」
「先生、どうして……」
彩菜は弾かれたように顔を上げた。
「DM履歴を消すだけなら、アカウントごと削除なんてしなくてもできるもの。でも彼にとってはそれだけでは安心できなかった。アカウントごと消し去る事で、二人の関係を闇に葬りたかった。彼はきっとそこまで切羽詰まっていたんでしょうね。あなたにどんな説明をして、それを強要したのかも私には想像がつくわ。でも、安心して」
私は凍り付いたように身じろぎ一つしない彩菜の目を見つめ、静かに言った。
「大丈夫。何も心配しなくていい。あなたが不安に思うような結果には絶対させないって、約束する。だから安心して、私には全部話していいのよ」
「先生……」
彩奈の大きな瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
彩奈と岩田は、一年以上前から恋人関係にあった。固く口留めされ、誰にも言えない間柄ではあったものの、彩菜自身は幸せに思っていた。ところが先週頭、突然岩田から呼び出しを受けた。そこでアカウントの削除を持ち掛けられたのだという。
どうも二人の関係に勘づいた人間がいるらしい。どこから洩れたか定かではないが、SNSがきっかけになった可能性が大きいように思える。ついては今すぐインスタのアカウントを消して欲しい。そうしなければ自分はもちろん、来年に控えた彩菜の受験にも影響は避けられないと――。
求められるまま彩菜はアカウントを削除し、二人の将来のためにと泣く泣く別れを選んだ。本当に好きだった。出会うタイミングが、立場が、年齢が違っていたら。そんな岩田の甘い言葉を真に受けて。
岩田が別の女性と結婚すると聞いたのはその僅か数日後の事だった。深い衝撃を受けるも、彩菜は二人の関係がバレれば自分の将来にも傷がつく、そうなれば両親にも悲しい想いをさせると気に止み、おくびにも出さずに気丈な日々を送って来たのだった。
「私……どうしていいかわからなくて。誰にも言えなくて」
ずっと我慢していたのだろう。堰を切ったように彩菜は泣きじゃくった。 気が付けば窓の外はすっかり闇に包まれていた。まだまだ幼さの抜けない生徒にこんな想いをさせた岩田に対し、強い怒りがこみ上げた。
最初のコメントを投稿しよう!