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——食欲なのか、芸術なのか、運動なのか分からぬ秋が少しずつなりをひそめ、雪が初登校の準備を始めだす時分となった。
愛菜は夜の街をプラプラしている。政令指定都市の駅周辺には、それなりの商業施設が詰め込まれている。
『次のニュースです。今朝、大針駅で人身事故が発生しました。この事故で、古潮高校に通う男子一名が死亡し、目撃証言から自殺として捜査を——』
ビルの大画面モニターの中で、アナウンサーが淡々と読み上げるニュースに、足を止める者はいない。今日は花の金曜日なのだ。
(夏はあんなに暑かったのに、なんでこんなに寒いのよ。本当に秋なんてあったの?)
愛菜はプルっと身体を震わせる。制服のスカートとハイソックスでは守りきれない膝上の領域を、夜の風が容赦なく撫でる。
愛菜はさっと右に避けた。向かいから三人家族が歩いてきたのだ。
「パパー、サンタさん、来てくれるかなー」
「聖人がいい子にしてたら、きっと来てくれるぞー」
「ママもそう思うわー」
家族とすれ違った直後、愛菜はすっと下を向いて立ち止まる。あの日を迎えた次のクリスマスから、愛菜にサンタクロースは来なくなった。だから、赤服おじさんの正体を、愛菜は理解したのだ。
「……ねえ、大丈夫?」
頭上から、耳触りのいい声が振りかけられた。柔らかく落ち着きのある声音は、まるでチェロである。
愛菜は顔を上げた。そして息を奪われた。
美しい曲線を描く眉、力強さと妖艶さを兼ね備えた瞳、長さも高さも精巧な鼻、優美な艶を持つ唇、それらが正確に配置されていた。愛菜の美的感覚から一ミリも違わない位置に。
何も言わない愛菜に、男は困ったような、焦ったような顔になる。そんな表情ですら否のつけどころがない。
「ごめんね、急に声をかけて。僕、宇津野哲也。古潮大学の三年生。君が放っておけなくてさ、すごく悲しい顔をしていたから」
「大丈夫です」
「よかったら、そこでご飯食べない? 僕、ご馳走するし。も、もちろん、やましいことはしないよ! ただ、君、痩せてるしさ、ちゃんと食べているか心配で」
いつもなら即答で断っているような話だ。初対面で食事に誘ってくる男など、胡散臭い以外の何者でもない。
しかし愛菜は、眼前の男だけは、他の人間と違うと感じたのである。自分の胸を昂らせ、心臓が熱を持って律動する。こんなこと、経験がなかったのだ。
だから愛菜は、コクリと頷いた。
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