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愛を喰う
夏の夕焼けに見守られる駅は、我が家に帰る学生や会社員を抱えている。
「ターゲットはあの男?」
数ヶ月前に袖を通したばかりの制服を身に纏う美澄愛菜は、仏頂面で吐き捨てるように訊いた。ヘアアイロンで癖毛を直し、最低限の化粧をしただけの、高校生にしては簡素なお洒落を施している。
人でごった返すホームの中で、愛菜が捉えているのは、学ラン姿の男子高生である。黒髪を携えた質素な男だ。
「そう! あいつ、ストーカーじみててキモくてー、別れようって言ってんのに聞かないの!」
愛菜の隣にいる女は、制服を大胆に着崩している。スパイシーな香水に嗅覚をいたぶられ、愛菜は眉間に皺を寄せる。
愛菜はツカツカと男に近寄る。足がもつれたフリをして男の胸元に入り込む。
「だ、大丈夫?」
「ごめんなさい。ちょっと足が」
明らかに動揺している男の声色に、愛菜は「あの派手な女とは合わないよな」と納得する。
愛菜は男の首筋を見る。三日月型の痣に目を丸くしつつも、その首に口付けを落とした。
「えっ、あの」
困惑する男を気にも留めず、愛菜は数秒間そのままでいる。
「……ありがとうございました」
首から顔を離した愛菜は、くるりと半回転し、来た道を戻る。呆然としていた男は、やがてハッとして、慌ててスマホを開いた。
愛菜が派手な女のもとに帰ると、女は訝しげな表情をぶつけてきた。
「ちょっと、もう終わり? あんなんで、本当に別れられるの?」
「大丈夫……ほら」
愛菜は女の胸ポケットを指差した。女は、中に入っているスマホを取り出す。ギッシリとデコレーションされたスマホは震えている。
スマホの画面を見る女の目が、どんどん開いていく。
「……嘘でしょ」
女は愛菜に向けて画面を見せてきた。
『君のことが好きじゃなくなった。別れてほしいんだ』
「あんなにしつこかったのに。ねえ、どんな魔法を使ったの?」
「それは企業秘密。はい、報酬払って」
愛菜は右手を差し出す。女から一万円札を受け取った愛菜は、それをブレザーのポケットに突っ込んで、ツカツカとホームを去る。
(これで、明日払わないといけない参考書代になるか……胃もたれしそう。あの男、どんだけ重いんだよ)
ホームに流れてくる人の群れを、愛菜は諦観の瞳を携えて掻き分ける。
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