愛を喰う

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 卑しく口角を上げた哲也が、腹を抱えて悶える愛菜にまたがる。 「どれだけ食われても、食われても、根本が残っている限り、また芽生えてくる。そういうものなんだよ。愛、って」 「な……どう、いう……」 「愛情ってさ、ネギみたいなものなんだよ。言ったろ? 俺の弟、ネギみたいなやつだって」  哲也はシャツのボタンを外した。ずっと隠されてきた首元が姿を現す。  そこには三日月のアザが浮かんでいた。 (この形のアザ……どこかで……)  記憶を辿った愛菜は、解答にたどり着く。 (ギャルに依頼されて、別れさせた高校生にも、同じアザが……) 「やっと思い出したか?」  哲也の顔が般若になる。 「お前に摘み取られた愛情を、鉄二(てつじ)は思い出したんだよ。心の奥底にあった彼女への想いまでは消せなかったんだ。お前みたいな人殺しには。それがどうして、彼女への愛が冷めたなんてメッセージを送ってしまったんだって混乱して。彼女と話し合おうとしたらストーカー扱いだ。そして、線路に身を投げた。だから俺は彼女に問い詰めた。そうしたらお前のことを吐いたよ。別れさせ屋に頼んだって」 「そんな……じゃあ、私に、声をかけたのは」 「復讐するためだよ! さっきの男たちも、僕の態度も芝居だよ! 芝居!」 「私を、心配して、くれたのは」 「するわけねえだろ! 他人の愛を利用して、金稼ぎなんかしてる人殺しによぉ!」  愛菜は絶望の(むち)に頭を叩かれる。  哲也の愛を食べても、まったく腹が満たされなかったのは、そもそも哲也が自分を微塵も愛していなかったから。……  哲也は、愛菜の脇腹のナイフを抜いた。それを高く突き上げる。鮮血に濡れた刃先が、月の光を受けてきらめく。 (……殺される!)  愛菜は視線を動かした。誰か人はいないのか。助けてくれる人は——  自宅の電気がついた。あの部屋はリビングだ。カーテンはまだ閉まっていない。  父と母が、窓越しにこちらを見ていた。愛菜は残された力のすべてを込めて叫ぶ。 「助けて! お父さん! お母さん!」  愛菜は親子愛にすがった。親ならば、心の奥底に、我が子への愛を抱えているはずだ。たとえ一度喰われたとしても、また芽生えてくるはずだ。……  男と女の目は、ひじょうに冷静だった。驚くでもなく、慌てるでもなく、いたって淡々と、カーテンに手をかける。 「待っ——」  娘の懇願は届かない。ナイフが振り下ろされる。  愛を喰って生きてきた女に、最期の刑が執行される。  カーテンが閉じ切るのと、ナイフが愛菜の心臓を突き刺したのは、同時だった。
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