愛を喰う

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 物心がついた時から、「私は愛を食べて生きるのだ」と、愛菜は理解していた。誰かから誰かへの愛情を喰って生きている。いきつけのスーパーの店員に憧れるような愛はおやつ代わり。命を(なげう)ってでも伴侶を護ると誓うような愛はご馳走だ。愛菜が愛を食べてしまえば、当然それは消える。 「ただいま」  家の扉を開けると同時に、愛菜はそう言う。返事など期待していないが、幼い頃の習慣が抜けないのである。  居間のテーブルには二人分の食事が載っている。添えられている箸は青色と桃色。父と母が交際したての時に買ったものだ。愛菜の赤い箸は、どこにしまってあるのかも分からない。  母は台所に立っている。娘の帰宅には気がついてるはずなのに、その事実を抹消するかのごとく、野菜を炒めている。  愛菜は息を吐くこともせず、自分の部屋に戻る。ベッドにドカッと腰を下ろし、慣れた手つきでスマホを操作する。  『別れさせ屋』というシンプルなサイトの管理ページにアクセスし、トップページに「予約受付中」と書き加えた。  愛奈にはお小遣いなどない。ノート一冊買うのにも、自分で金を作らねばならない。中学生の時の修学旅行費も、卒業アルバム代も、高校の制服代だって、愛奈は自分で支払った。決して安くない金を、ただの女学生が、クリーンな手段で稼げるはずがない。だから愛奈は自身の性質を利用した。  これが思いのほか繁盛した。男女のもつれはもちろん、メンヘラの友人に付きまとわれた人、親からの過干渉にうんざりした人、ただの客につきまとわれて迷惑する店員……「愛」に悩む者は、いたるところに潜んでいた。 (お腹いっぱいになったら、眠くなったな……あの男、どんだけ彼女が好きだったのよ)  愛菜の食欲のメカニズムはこの世の理を外れている。しかし、重力に囚われているのは一般人と同じである。ベッドに磁石がついているかのように、愛菜は横にさせられる。そのまま意識を夢に奪われる。
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