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——「価格より質で勝負」と宣言しているハンバーガーチェーンには、学生の姿はほとんどない。スーツ姿の男性が多いように見える。そんな中に、大学生の哲也が混ざっても違和感はない。首をしっかり隠す、品性な襟の服を着ているからだろうか。
角の席に座った愛菜たちは、国産素材百パーセントと謳われるハンバーガーを口に運ぶ。
「僕、大学で、児童支援サークルに入っているんだ。だから、君のことも放っておけなくて」
哲也はSNSの画面を愛菜に見せた。『コシオチルドレン』というアカウントで、小中高校生との交流を写した写真が、たくさん投稿されている。
「最近は、目に見えない虐待について、サークルで話題でなっていてね。虐待って暴力だけじゃなくて、経済的だったり、精神的だったり、そういうのもあるから。で、君からも、そんな雰囲気がしちゃってさ……」
哲也はぎこちなく微笑んでから、逃げるようにバニラシェイクに口をつける。
愛菜はハンバーガーを噛み締める。「愛」以外の食べ物をまともに摂ったのはいつ以来だろう。旨みの凝縮されたソースに、愛菜の胃が血湧き肉躍る。
「優しいんですね。普通、見ず知らずの子どもなんて助けませんよ」
愛菜はふふふと笑う。別れさせ屋をやっていて分かったのだ。人間とは、愛を欲していながら、自分の望まぬ愛は拒絶すると。無差別に愛をばら撒くことは、拒絶され傷つくリスクも高まるということだ。
哲也はシェイクをテーブルに置く。虚ろな目で窓の外を見る。
「僕にもさ、君と同じくらいの歳の弟がいてさ。他人事とは思えなかったんだよ」
愛菜に向き直った哲也は、儚い微笑みを浮かべている。
「だから……君のこと、見守らせてくれないかな」
哲也と視線が絡む。交わる糸がそのまま、愛菜の心臓を引っ張り、ドクンドクンと脈動させる。
「美澄愛菜です」
愛菜はポツリと言った。別れさせ屋の依頼人には、絶対に明かさない自分の名を。
個人情報を開示した意味を、眼前の男は理解した。
「ありがとう、愛菜ちゃん」
自分の名を、こんなにも温かい声色で呼ばれたのは、いつぶりだろう。涙の代わりに、ハンバーガーのソースがポトリと落ちた。
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