愛を喰う

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 ——愛菜と哲也は、週に二、三回逢瀬をするようになった。平日はご飯を食べに行き、休日は映画やショッピング。今日は、駅ビルで文房具を見ている。 「そろそろ、来年の手帳が欲しくなってね」  哲也は手帳を手に取って、パラパラと中を流し見ては戻すことを繰り返している。哲也の服装は今日もしっかりしており、襟が首まできちんと隠している。 「哲也さん、スケジュールとか、しっかり管理していそうですもんね」 「弟譲りなんだけどね。あいつ、真面目で、照れ屋でさ。この間まで、初めて彼女ができたって、慌てふためいて。でも、他人思いのいい奴でさ」  哲也との時間は、愛菜に現実を忘れさせる。こんなに会話が楽しいと思ったことはない。 「へー、いい子なんですね」 「そうだなー、例えるなら、ネギみたいなやつだな。目立たないけど、なくてはいけないものっていうか」 「あはは、人をたとえるのに、ネギって使います?」 「僕、国語は苦手でね。とにかく、あいつはお人好しで、親切ができるやつなんだよ。手前味噌だけどさ。だから、我慢しすぎないように、僕が気にかけてやらないと」  ハハハと小さく笑う哲也を見て、愛菜は哲也の性を理解する。 (誰にでも優しい人なんだな)  自分で思ったことなのに、愛菜の心はそれに痛めつけられる。哲也が気を配るのは自分だけではない。その事実が刻まれた己の胸を、愛菜はきゅっと掴む。そんな愛菜を、哲也はじっと観察している。 「どうかした?」 「い、いいえ、なんでも」  愛菜は咄嗟に笑顔を作った。 「おい、お前だな? 別れさせ屋ってのは!」  その笑顔は、男の怒号にかき消された。  愛菜が振り返ると、イカつい形相の三人の男たちが、愛菜を睨んでいた。 「こいつっすよ! こいつが(あきら)さんの彼女を引き剥がしたんす!」  その中の一人が愛菜を指差した。 「知りません、言いがかりはやめてください」  愛菜は冷静に対応する。こういうトラブルにも慣れている。 「ああ? とぼけんじゃねえぞ。別れさせ屋で稼いだ金を、この男に貢いんでんだろ? このクソビッチが!」 「な、何なんだい? 君たち」  愛菜の心が乱れる。自分の後ろに立つ哲也が、怪訝に眉をひそめている。 「こんなところで女の子に手を出して、タダじゃ済まないよ」 「優男が、カッコつけんじゃねえ!」  男の一人が、哲也の胸倉を掴んだ。
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