愛を喰う

6/10

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「やめて!」  愛菜が男の腕を握り、引き剥がそうとするが、びくともしない。 (どうしよう、私のせいで、哲也さんが……!) 「この人は無関係だから! 離しなさいよ!」 「無関係なら、なんで庇うんだよ? ああ?」  哲也の苦痛に満ちた顔面が、愛菜の焦りを加速させる。  哲也を助けないといけない。誰からも愛されずに育った自分に、手を差し伸べてくれた人を。——  愛菜は天啓を得た。 (こうすれば、哲也さんは私と無関係になれる)  でもそれは、愛菜にとっての、たったひとつの癒しを失うことになる。  愛菜は哲也を見た。顔を歪めてまで、赤の他人を守ろうとしている。 (こんなに慈愛に満ちた人が、私みたいな悪人のせいで、傷ついちゃいけない)  男に胸倉を引っ張られていることで、わずかに哲也の首が見えている。  愛菜はそこに噛みついた。  夜に街を徘徊する可哀想な女の子への、「同情」という名の愛を。「助けてあげたい」という愛を。  愛菜は食べ尽くした。 「……え?」  愛菜が顔をはなすと、哲也は呆然としていた。男たちも、愛菜の奇行にポカンとしている。 「……何だい? 君たち……誰だ?」  哲也の言葉を聞いた愛菜は、急激に瞼が燃えたのを感じる。目尻のダムが決壊するより前に、愛菜はその場を走り去る。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加