11人が本棚に入れています
本棚に追加
——家に着く頃には、空は月の踊り場になっており、愛菜の足取りはふらついていた。食欲の充足していない身体で、おまけに泣きながら帰ってきたのである。エネルギーを使い果たすのは自然であった。
家の敷居をまたごうとした愛菜の足は、ピタリと止まった。
扉の前に誰かがいる。母より背が高く、父よりスマートである。
「愛菜ちゃん!」
その人物の奏でた音色は、愛菜の目を開かせた。チェロのような、落ち着いた優しい音。
「哲也、さん」
呆然と立ち尽くす愛菜に、安堵した表情の哲也が近づいてくる。
「心配したよ。愛菜ちゃん、急に走っていっちゃうから」
「どうして……ダメなんです。私と一緒にいたら、哲也さんまで」
頭を抱えながら、愛菜は首を横に動かす。そんな愛菜の肩に、哲也は力強く手を置いた。
「大丈夫だよ。僕は、君が別れさせ屋だったとしても、関係ない。僕の目を見て」
愛菜は愛する人の瞳に囚われる。真剣な黒真珠。
愛菜の瞳が希望を帯びた。両親の愛を喰ってから、諦めてしまった希望を。
他人の愛を食い扶持にしてきた自分にも、誰かと愛し合うことが赦される? ——
愛菜は血を吐いた。
左の脇腹に感じる違和感。激烈な違和感に、愛菜の顔中にシワができる。
(な、に……?)
愛菜は目線を斜め左下に向ける。自分の脇腹に刺さっているのは……ナイフ?
認識した途端、愛菜の全身を激痛が駆け巡った。愛菜は、芋虫のように地面をのたうち回る。
「ネギってさ、生長点が残っていれば、切ってもまた生えてくるんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!