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かっこいいとは思うし、尊敬もしている。人としてとても憧れてはいるけど……いざ、自分が課長とつきあうなんて、おそれおおくて考えられない。
そんなことを言ったら、留美が笑った。
「うちらだってもう結婚しててもおかしくない年なんだから、そう考えてみてもいいのに。私から見ても、課長絶対、華のこと気に入ってると思うな」
「ええ? そんなことないわよ」
「あるわよ。華に対しては、課長めっちゃ優しいもの」
「課長は誰にだって優しいわよ」
「立場と性格上、一人をひいきするような人じゃないけどね。それでもいくらか人によっては、見てれば態度が違うわよ。例えば」
「えー、そうなんですかあ? 今度私も連れてってくださいよう」
と、ざわざわしている食堂の中で、ひときわ甲高い声が聞こえて振り向く。
そこには高塚さんが、社の男性と一緒に食堂に入ってくるのが見えた。
「あれ、営業の赤城君じゃん。今度は彼がターゲットか」
留美が声をひそめて言った。
「ターゲット?」
「こないだまでは、秘書課の山本君にはりついてた」
どっちも、20代独身イケメンで、社内はおろか社外でも人気のある人たちだ。
見ていると、二人でメニューを選んでいる。赤城君も、高塚さんに甘えられてまんざらでもない様子だ。二人一緒にいると、美男美女で絵になるなあ。
「高塚さん、かわいいもんねえ」
「ああいうのはかわいいって言うんじゃなくて、あざといって言うのよ」
遠慮がない留美の言葉に苦笑する。
「でも、私が同じことやっても、きっとあんなには喜んでもらえないだろうし」
「ばかね、華。そんな見た目だけで近寄ってきてちやほやする男なんて、絶対ろくな男じゃないって。それに、華はちゃんとかわいいわよ。だから課長だって……」
「水無瀬さん」
まさにその時、当の課長に呼ばれた。
「は、はい」
私はあたふたと立ち上がる。き、聞かれてないよね?
「食事中悪いね。今日の午後は、何か予定ある?」
「もう終わってるから大丈夫です。午後は特に予定はありませんけど」
「決算資料のことで一緒に部長のところに行ってほしいんだけど、いいかな」
「わかりました。前期の決算書ですよね」
「うん。その決裁をもらうんで、同席して欲しいんだ。水無瀬さんの予定がよければ、2時に予定をいれていいかな」
「はい、結構です。2時ですね。関係資料をまとめておきます」
「ありがとう。休憩時間が終わってからでいいからね。ごゆっくり」
そう言って課長は食堂を出て行った。私は、すとんと椅子に座る。
「あー、びっくりした」
「先週からやってたやつ? お疲れ様。主任じゃなくて華を連れてくあたり、ホント頼りにされてるじゃん」
「うーん、実務は私だから、細かい話はきっと私の方がわかるんだよ」
「まあ、うちの主任、アレだからねえ」
留美は言葉をにごすけれど、もう50歳に近いのにまだ主任ってあたり、言いたいことはだいたい見当はつく。
あいまいに笑顔を返していると、テーブルの上に置きっぱなしのスマホが目に入った。
返信……どうしよう。
さっきからスマホを気にしている私に、留美が気づいた。
「もしかして、チケットとれたとか?」
留美だけは、私がラグバにはまっていることを知っている。でも彼女は彼女で某女子演劇団の熱狂的なファンなので、ラグバに興味はないらしい。
「う。まだ」
言われて思い出しちゃった。FC先行から始まって、あちこちでチケット申し込んだけど見事に全落ち。
今年のコンサートも、アリーナでの開催だ。
3年前にアリーナでコンサートが開催されるとなった時には人が入るのかと心配されたけど、ふたを開けてみればチケットは発売から10分で完売。去年、今年も同様にチケットの倍率はすごいことになってる。本当に、人気あるんだなあ。
「あとは、当日券が出ることを祈るのみ……」
「会えないアイドルより、目の前の課長よ?」
「本当に、課長はそんなんじゃないんだってば」
私は、スマホを持ち上げる。
うん。課長のことは憧れているけれど、タカヤも大事。
私はスマホを手にとると、『了解』とだけ、返事を返した。
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