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「じゃあ、またな」
「あ、ちょ……!」
「ん?」
ううう。またなんてないわよ、って言えない私は口を開いた。
「……ラーメン、ごちそうさま」
それを聞いて男は目を瞠ると、に、と笑った。そして、どういたしましてと返すと改札に背を向けて軽い足取りで歩き出す。
あれ? 電車乗らないの?
そこで気づいた。
もしかして、私をここまで送ってくれた?
改札に着くまでには、さっきの男たちに絡まれた通路を通らなければいけない。幸いあいつらの姿は見えないけど、もしまだあいつらがいたらまた絡まれていた可能性もある。
それを、気にしてくれたのかな。
……なんだ。いい奴じゃない。
「あ」
と、何やら思い出したらしい男が振り向いた。
「くおん」
「は?」
「俺の名前。久しく遠い、で久遠」
「久遠」
なんとなく繰り返すと、久遠は軽く手を振って人ごみに消えていった。
☆
「……な、華」
「え」
は、と気づけば、留美がまじまじと前の席から見つめてる。
今日の昼食は、食堂でそれぞれ持参のお弁当を食べていた。いつの間にか、ちょっとぼうっとしていたみたい。
「ごめん、何?」
「だから、スマホ、なんか鳴ったよ?」
言われて、伏せておいたスマホをひっくり返す。画面に示された名を見て、ぎょ、っとした。
『久遠』
一週間前、迷った挙句、入力したあの男の名前だ。
いつ連絡来るかと思ってびくびくしてたけど、なんの音沙汰もなく数日が過ぎて、今度とか言ってたのは冗談だったのかな、と思い始めていたところだった。
本名なのかな。それか、私みたいに偽名?
スマホを開けてみると、メールが来ていた。
『今夜6時半。駅前スタバ』
………
えーと。
「なに、デートのお誘い?」
留美が前からのぞきこむ。私は、あわててスマホを隠した。
「違う違う! 友達だよ」
それも違うけれど、ややこしいことになりそうだからとりあえずはそう言っておく。
ちなみに、偽名に使った『るな』の『る』は留美からもらった。留美の『る』と華の『な』で『るな』。案外かわいいんじゃないかと思って気に入っている。
そして、『五十嵐』はもちろん課長の名前で……これは絶対内緒!!
「彼氏じゃないんだ」
「いたらまっさきに留美に話すわよ」
そう言ったら、留美は嬉しそうに笑ってお弁当を片付け始めた。私がぼうっとしている間に、ほぼ食べ終わっていたみたいだ。
「彼氏といえば、五十嵐課長のことだけどさ」
「なんでそこで課長が出てくるのよ」
留美が少し声を落とした。私は、自分のお弁当を食べながら答える。
「あんたと課長って、付き合ってたりする?」
「は? なん……むぐっ」
思わぬことを聞いて、思わず口の中のご飯飲み込んじゃった。目を白黒させている私を気にせずに、留美は続けた。
「いや、なんとなく。課長がやけに華のこと気にかけてるように見えてさ。最近、二人の距離感が近くない?」
「ないない! だいたい、あれだけの人だもの。恋人くらいいるでしょ」
「それが、全然らしいよ? こないだ部長たちの飲み会でそう言ってたって、中山ちゃんたちがさわいでた」
「そうなんだ。もしかして、めちゃくちゃ理想が高いとか?」
「あの課長が?」
うん、それはなさそう。あれだけ器の大きな人なら、女性に対してああだこうだと注文をつけたりしないだろう。きっと彼女になる人は幸せだろうな。
お茶を飲みながら、のんびりと留美が続けた。
「私はいいと思うけどね、五十嵐課長。華はどうなの? 課長のこと」
「どうって言われても……」
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