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「遅い」
奥まって見つけにくいところに、久遠は座っていた。
一度会っただけの人だから覚えているか不安だったけど、案外あっさりとみつけられた。
今日はサングラスもマスクもしてないから、不機嫌そうな顔が良く見えた。
その顔を見て、ふと、既視感を覚える。
誰かに、似てる……ような気がする。うん? 誰に似ているんだろう。
「まだ10分前じゃない」
すとん、と彼の前に座る。
「俺より後だった」
あ、うん。この男、こういう人だった。
久遠の前には、とっくに空になったアイスコーヒーのカップ。
「あんた、いつからいるのよ」
「るなよりは早いな」
呼ばれた名前にぎくりとする。
そういえば、まだ偽名だって訂正してなかった。
嘘の名前を信じてくれていることには後ろめたさを感じるけど、この人のこと、まだ信用したわけじゃないからね。
自分にそう言い聞かせて、罪悪感を見ないことにした。
私は、そこそこ人の入っている店内を見回す。
「ここは一人でも大丈夫なの?」
「飲み物だけならな」
言いながら、久遠はポケットから無造作にBRのケースを取り出した。
「ほら」
「あ、ありがと」
冷静に受け取るけど、心の中では狂喜乱舞だ。
うわー! これ、見たかったのよー! すごい、ジャケットの写真、かっこいい! 顔は写ってないけど。
ラグバの5人については、本名を始めプライベートに関することは一切公表されていない。ネットでも絶妙に顔が映らないような映し方でライブ配信しているし、リアルにコンサートをするようになってからも、それぞれ自分のカラーのカラコンとウィッグをつけて、さらに目元が隠れる仮面をしているから、どんな顔をしているのかはよくわからない。
どこぞの事務所の新人だとか、いや海外からの売込みだとか、すでにデビューしている誰それの別の姿だとかいろいろ言われているけど、結局まだ特定はされてはいない。
こういうジャケット写真でも、顔のはっきり写ったものはないんだ。でも、かっこいい、それはわかる。かっこいい。
そんな幻の貴重MVだというのに、この男は雑にポケットから出しやがって。んもー、もっと大事に扱いなさいよ。
ふと気づくと、久遠がにやにやとこっちを見ている。
「なによ」
「いや、嬉しいんだな、と思って」
「そ、そう?」
「顔見てればわかる。それ見た瞬間、すげえ崩れた」
そりゃあ、長年夢見てた映像が見られるとなれば顔も崩れるわよ。そんな瞬間を見られてしまったことが恥ずかしくなって、できるだけ顔を引き締める。
「どうせブスだって言いたいんでしょ。わかってるわよ、自分でも」
「いや? フツーにかわいいけど?」
「はっ?!」
さらりと言われた言葉に、か、と頬が熱くなった。かわいいって!
「ば、ばかにしないでよね。年上をからかうもんじゃないわよ!」
「え? 俺、27だけどそれより上?」
「27? ……ごめん。私の方が下だった」
久遠の言葉に、ちょっと焦る。若く見ちゃって嫌な思いさせたかな。
「ああ、俺よく若く見られるんだよね。周りには、落ち着きがないからだって言われる」
気にした様子もなく、久遠は笑った。
「年下って、22くらい?」
「……秋には、26になります。どうせ、童顔ですよ」
言ってしまってから後悔。
同じ下に見られるんでも、久遠は軽く笑って流してくれたのに。器の大きさの違いに、ちょっとへこむ。
こういうところが、まだまだ私は子供っぽく見えちゃうんだ。会社ではそれなりの態度ができるのに、久遠の前だとなんか調子狂う。
「もしかして、それでその眼鏡? それ、伊達だろ。そういうきつめのデザインが趣味なのかと思ってたけど、大人っぽく見せたいからなんだな」
言われて、久遠から視線をそらす。
きっと、そんなことしても見た目は変わらないって馬鹿にされるに決まってる。
「無理しなくてもいいのに」
「え?」
意外な言葉に、つい久遠の顔を見返してしまう。久遠は、柔らかく微笑んでいた。それは、私が恐れていたような馬鹿している笑みじゃない。
「るなはるなで可愛いんだから、そのままでいいんじゃない? いくつに見られようと中身が変わるわけじゃないし」
久遠の言葉に目を瞬く。
絶対、笑われると思ってたのに。
予想外の言葉に気が緩んだのか、私はつい、愚痴をこぼしてしまった。
「だって……見た目が若いのに25なんて、詐欺、みたいなものだから……」
久遠がかすかに目を細める。
「誰かにそう言われた?」
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