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「らっしぇーっせー!」
私たちが店にはいると、威勢のいい声がかかった。
「お二人様、奥、どうぞー!」
夕食時で、店内はほぼ埋まっていた。私たちはカウンターの一番奥に座る。
「何?」
男は前を見たままぶっきらぼうに言った。
何? って何……あ、メニューの事?
男の視線の先には、メニュー表があった。
「えーと、とんこつ」
「おっちゃん、とんこつ二つと餃子!」
「あいよ!」
注文したあとで水を飲もうと男がマスクをはずした。
横顔は結構な男前だった。すっとした鼻筋に、きめの細かい肌。さっきはそれどころじゃなかったけど、綺麗な顔をしている。
同じ歳くらいかと思ったけど、肌艶いいところをみれば、案外と年下なのかも。
「……なんだよ?」
私がまじまじと見ていることに気づいたのか、男がこっちをむいた。
「あ、ごめん」
「さっきの」
ぼそりと呟かれて、視線だけその男性に向ける。
「さっきの?」
「パスケースに入ってたの、ラグバの会員証だろ? 好きなの?」
いきなり言われて、私は思わず飲んでいた水を吹きそうになった。
「しししってるの?」
うっかり大きな声を出してしまって、私はあわてて口もとを抑える。
「そりゃ、まあ。……そこそこ有名じゃん?」
「え、あ、うん」
私はファンクラブ入っちゃうくらいラグバ好きだけど、人気があるとはいえ、ラグバがメディアで活躍しているようなアイドルグループほどではないことはわかっている。もともとはネットから出たグループだし、まだ世間ではRAG-BAGの名前すら知らない人の方が多いだろう。
だから、こんな風に通りすがりの人がラグバのこと知っているとなると、それだけでちょっと嬉しくなっちゃう。
いやいや気を許してはいけない。
「会員番号からして、にわか?」
私は、むっとして横を向いた。
「好きになったのは最近だけど! でも、そんな風に言われたくない!」
「悪い」
男は、拍子抜けするくらいあっさりと謝った。素直な人なんだな。口が悪くて損することないのかしら。
「俺も好きなんだ、ラグバ」
「え?」
「男性ファンも結構多いんだぜ? ラグバって」
知ってる。男性5人組のアイドルとは言うけれど、意外にコンサートで見るのは女性ばかりではない。小学生くらいやシルバーヘアの人もいて、老若男女に好かれているのがわかる。
「もしかして、あなたも会員なの?」
だからラグバの会員証だってすぐわかったのかな。
「いや? 歌は聞くけどね」
「そうなんだ」
「はい、お待ち!」
そこで、頼んだラーメンが出てきた。
ラグバの話は続けたかったけど、とりあえず私は割り箸を手に取って、思い出して眼鏡をはずした。
麺類食べるとくもっちゃうんだよね。どうせ伊達だから、無くても困らない。
「ん! 美味しい!」
驚いた。味には期待してなかったけど、すごくおいしい!
麺が細麺なのも好みだし、スープのとんこつはこってりしているのにくどくない。トッピングはきくらげとチャーシューとネギだけのシンプルなラーメンだった。
「だろ? 俺好きでさ、ここのラーメン。よく来るんだ。もともと今夜だってここで食べるつもりだったんだけど、一緒に来るはずだった奴にドタキャンされた。あいつ、自分で誘っておいて残業だと? ぜってー許さねえ」
半分独り言のようにぶつぶつ言いながら、男は食べる気配がない。
「だったら一人で来ればよかったのに」
「言ったろ。一人で食べるの嫌なんだよ」
「そうみたいね。それより食べれば? のびるよ?」
私がすすめると、男はサングラスを外してポケットに放り込んでから割り箸を手に取った。私もラーメンを食べながら見ていると、やけにゆっくりと食べ始める。そこで、私ははたと気づいた。
「……もしかして、猫舌なの?」
「いいだろ、別に」
あら。そうなんだ。
しばらくは二人で食べることに専念する。ある程度冷めてしまえば、男が食べるのは早かった。餃子まで食べても私より早く食べ終わる。
「うまそうに食うな、お前」
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