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今度は私の食べるのを見てた男が感心したように言った。
「ほ?」
むぐむぐしながら答える。ちょっとお行儀悪かったかな。
「そんなに豪快にラーメンすする女、初めて見た。嫁に行きたかったら、それ人前でやらない方がいいぞ」
「んぐっ。……余計なお世話よ!」
だって、通りすがりの名前も知らない男にまで気を使う必要もないし。好きなように食べさせてよ。
食べ終わってしまった男は、頬杖をつきながら話しかけてくる。
「なあ」
「ん?」
「ラグバ、誰推し?」
「私? ええと、私の推しはタカヤ。あんたは?」
どこの誰とも知らない人だけど、いや、だから、かな。好きな人のことを気負わずに話せるのって、今までは妹しかいなかったからちょっと浮かれてしまう。
まさか、この歳で自分がアイドルにはまるなんて思ってもいなかった。中学や高校の頃に、友達と一緒にアイドルにきゃあきゃあ言っていたことはある。けど、成人して社会人になってからはあまり興味を持てる人がいなかった。
そんな時、妹がラグバにはまった。一緒に見たコンサートの映像に、私も心を奪われた。
伸びのある澄んだ声。ノンブレスで三小節歌いきる技量にびっくりして、むさぼるようにそれまでの映像を見まくった。
5人いるメンバーがみんな歌がうまい、ダンスがうまい、トークも面白い。
あっという間に夢中になった。
「俺は特定の推しはいないかな。5人そろった時の、ハーモニーが好き。みんな歌うまくてさ、綺麗じゃん」
「……どの歌が好き?」
私は、ちょっとかまをかけるつもりで聞いてみた。話を合わせるためとかナンパ目的でラグバの名前を出したなら、有名な歌くらいしか出てこないだろう。
「そうだなあ。どれも好きだけど……『黎明の色』とか、『アコガレ』とか。あとは、『ready?』かな」
予想外の答えに、私は眉間にしわを寄せる。
「なんで『ready?』知ってるの?」
それは、ファンクラブだけが聞ける会員のための特別な曲だ。コンサートでも歌ったことはないし一般には絶対に流れない曲。
胡乱な目の私に、男はあっさりと答えた。
「ああ、兄貴が会員なんだ」
「お兄さん?」
「兄貴もファンなんだよ。あれ、キレイな曲だよな。あとは『空へ飛び込め』かな」
それを聞いたとたん、私のスイッチがはいってしまった。
うん。この人、本当にラグバ好きな人だ。
『空へ飛び込め』は、かなり初期の曲で最初のアルバムに入っている曲だ。シングルカットされておらず、去年のコンサートで久々に歌われた。ついでに、ラグバで好きな曲あげろって言われたら、私も絶対あげる曲。
「それ、私も好き! クウヤのソロがある曲でしょ? 『空へ飛び込め』といえば、去年の夏のアリーナライブ! 落雷の影響で停電になった時、暗いホールで5人がアカペラで歌ったの聞いた? マイクなしでも5人の声がめちゃめちゃ響いて、鳥肌立つくらいすっごい素敵だった! あの時だけは、タカヤじゃなくてクウヤに落ちちゃった。円盤見ただけでもあんなにすごいなら、きっとあの場にいた人ってものすごい幸せだっただろうなあって、めちゃくちゃうらやましい! それに」
一気にしゃべって、は、と我に返った。私の勢いづいた話を、男は目を丸くして聞いている。
やだ。知らない人相手に、私、何を力説してんの。
急に恥ずかしくなって、いいよねとか適当なことを言って話を終わらせると、残りのラーメンをすすった。
だって、ラグバ好きって公言してないから、なかなかこんな話できないんだもん。普段話すことができない分、つい力が入っちゃった。ああ、もっと推しについて語りたい。なんならあと3時間くらいこの男をつかまえておいて、歌の話とかタカヤのどこがいいかとかこんこんと話したい。
「ホントにラグバ、好きなんだな」
さっき私も思ったのと同じことを穏やかに言われて、ちら、と横目でうかがうと、男は、笑んでこっちを見ていた。
馬鹿にしたような笑みじゃない。柔らかい、嬉しそうな微笑み。
今この男が考えていること、わかるような気がする。自分が好きなものを同じように好きな人といいよね、って話すの、本当に嬉しくなるよね。
「あのさ」
男が何か言いかけたところで、私のスマホが鳴ってしまった。いけない、マナーモードにしてなかった。
「ごめん」
一言謝ってスマホを取り出す。
「なに、彼氏?」
「いないわよ、そんなもん。実家の母だわ」
「へえ」
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