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あわててマナーモードにしてからメールを確認すると、今日荷物を送ったから、という簡単な内容だった。いつもありがとう、お母さん。
「ちょっと、貸して」
返信し終わった私のスマホを、男がさりげなく手にした。
「あ、ちょ」
「のびるよ、ラーメン」
「え」
のびたラーメンはいけない。せっかく美味しく作ってくれたおっちゃんに失礼だ。でも、私のスマホも大切。
「返してよ」
すぐに奪い返すけど、その短い間にその男はなにか操作したらしい。
「なにしたの」
「それ、俺の番号」
言われて見てみれば、どこかに電話をかけたらしく発信履歴に名前のない番号が残っている。
「勝手なことしないでよ」
「またラーメン食べに行こうぜ」
「はっ?!」
男は、に、と笑った。
「あんたの食べっぷり、気にいった。いいなあ。一緒に飯食うの楽しそう」
「だからって、なんで私が付き合わなきゃいけないの?」
「言ったろ? 俺、一人で飯食うの嫌なんだよ」
「それはもう聞いた。だからって、なんで私が」
「いいじゃん。またお前がラーメン食うの見てみたい」
そんな風に言われたら、食べづらくなる。
男もそう思ったのかそれ以上はこちらをみることなくスマホを弄っていた。
最後、スープまできっちりと飲んでごちそうさまをする。
あー、おいしかったあ。会社の近くに、こんなラーメン屋さんがあるなんて知らなかった。今度は、留美誘ってまた来てみよう。
「そう言えば、さっき何か言いかけなかった?」
「あー」
私が食べ終わったのを見て、答えながら男は立ち上がった。
「それな。……おっちゃん、ここに置くよ!」
「あいよ!」
「え、待っ」
私が伝票を取る間もなく、男はラーメン代を置くとさっさと店を出る。私はあわてて眼鏡をかけると、男を追いかけた。
「ねえ、私がおごるって言ったじゃない」
助けてもらった上におごってもらうなんて、そんなつもりじゃなかったのに。
「それ、今度」
「今度? 今度なんて……」
「さっき言いかけたのはさ」
男が振り向く。ラーメン食べた時のまま、マスクも眼鏡もしてない。
「俺さ、ラグバのデビューMV持ってんだけど、見たことある?」
「えっ?!」
それは、もう売っていない希少品だ。
正体不明の歌うま5人組として口コミで人気を集めてきたラグバは、メジャーデビューするときにそれまで歌っていた曲を集めた宣伝用のMVを作った。
まだ今ほどの人気が出ていない頃のことで、限定で売り出されて枚数も少ない。だからいまや普通のストアでは買えず、たまにオークションにでてもン万円という値がついてとてもじゃないけど手が出ない。私よりラグバファン歴長い、うちの妹だって見たことない。
「あ、やっぱないんだ。見たいだろ?」
私は首が取れそうなほどこくこくこくと頷く。
「貸してやるよ」
「ホント?!」
「だから、また飯食いにいこう」
う。
ここでうなずいてしまうのって、私が簡単な女みたいじゃない。
でも、MV。ラグバのBRや曲はみんな持ってるけど、それだけは見たことないんだ。見たい。
男が、葛藤している私の顔をのぞき込んだ。
「MV見たいって欲望と、ナンパになんかひっかかるかっていう自制心が、めちゃくちゃせめぎ合っている顔してる」
「うるさい」
唸るような私の声を聞いて、男が楽しそうに笑った。
わ。
屈託のない笑顔が、やけにかわいい。そんな顔して、笑うんだ。
結局、見たいとも見たくないとも言えずに駅についてしまう。
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