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第3話
コナーはここ最近、従姉であるイヴィ・カーソンのことが気がかりだった。
というのも、一週間前に行われた学園の卒業パーティーで起こった騒動以来ずっと塞ぎ込んでおり、自室にこもっているからだ。
イヴィはコナーより一歳年上だ。同じ学園に通っているとはいえ、学年が違うから卒業パーティーで起こった騒動を直接目撃したわけではない。
そのため、詳細がわからずやきもきしていた。
(父上の話によると、リチャード王太子殿下に婚約破棄を言い渡された上、無礼を働いて大切にしていた人形を壊されてしまったらしいけど……)
コナー自身、父から又聞きしたためそれが真実かどうかもわからない。
けれど……今、学園内は卒業パーティーで起こった婚約破棄騒動に関する噂で持ちきりになっている。
多少尾ひれは付いているかもしれないが、話の大筋は間違っていないのだろう。
(一番引っかかるのは、イヴィがリチャード様に婚約破棄された理由なんだよな……)
なんでも、イヴィが同級生に嫉妬して執拗に嫌がらせを繰り返していたらしい。
だが、少なくともコナーが知っている従姉はそんなことをする人間ではない。
幼い頃からイヴィと接してきたから、彼女の人柄はよくわかっているつもりだ。
(あ、でも……僕自身も、イヴィについてよくわからない面があるんだった)
ふと、コナーは幼少期のある日の出来事を思い出す。
その日、コナーはイヴィが奇妙な遊びをしているところを見た。いや……今思えば、あれは黒魔術か何かの『儀式』だったのかもしれない。
その時、イヴィは床に魔法陣のようなものを描いていた。
どういうわけか、その上にノアを乗せていたのだ。コナーは「変わった遊びだな」と思い首を傾げつつも、イヴィに一体何をしているのか尋ねてみた。
けれど、「コナーには関係のないことだから」と返されてしまい結局わからずじまいだった。
でも、とにかく彼女が真剣だったことだけは覚えている。
(確か、あの時……イヴィがぼそっと何かを呟いていたような……)
コナーは何とか当時の記憶を掘り起こそうとする。
(そうだ……思い出した! あの時、イヴィは『これで、ノアはやっと人間になれる』と言っていたんだ!)
ということは、あの時──イヴィは、ノアが人間の肉体を得るための儀式を行っていたのだろうか。もしそうなら、合点がいく。
イヴィは日頃からノアに執着していた。「ノアは私の一番の友達よ。彼が人間だったら良かったのに」と口癖のように言っていたからだ。
とはいえ、結局その後もノアは人形のままだったから、恐らくあの儀式は失敗したのだろう。
一応、コナーもカーソン家の血を引いている。
だから、「人形の声が聞こえる」と言っているイヴィのことを全く信じていないわけではない。
現に、コナー自身も一度だけノアの声が聞こえたことがある。
まぐれだったのか、結局それ以降は彼の声が聞こえたことはなかったのだが。
だから、イヴィが人形であるノアのことを意思疎通ができる友人として大切にする気持ちもわかるのだ。
けれど、あの時のイヴィは明らかに常軌を逸していた。何かに取り憑かれたように夢中になって儀式を行っていたから、コナーも思わず怖くなって「もう、やめなよ」と余計な口出しをしてしまいそうになったほどだ。
そんな風に、コナーは思いあぐねながらも登校した。
「おはよう、コナー君」
校門をくぐると、不意にクラスメイトの女子が挨拶をしてきた。
「ん? ああ、おはよう」
「今朝も、イヴィ様の様子を見に行ったの?」
「うん、まあね。心配だから」
コナーは苦笑しつつもそう答える。
この一週間、コナーはイヴィの様子を見に行くために毎朝カーソン邸を訪れていた。
だが、侍女曰くあの騒動以来ずっと放心状態らしくとても授業を受けられる状態ではないらしいのだ。
「仲がいい従姉だものね。そりゃあ、心配よね。悪い噂も広まっているし、コナー君も気苦労が絶えないわね……」
クラスメイトに同情されてしまい、コナーは再び「ハハハ……」と苦笑した。
「そう言えば……さっき、上級生が話しているのを聞いたのだけれど。ここ最近、何故かリチャード様まで学園に来ていないらしいの。イヴィ様はともかく、彼まで一体どうしちゃったのかしらね? 一ヶ月後には、卒業式を控えているっていうのに……」
「え……? リチャード様も休んでいるの?」
それに関しては初耳だったコナーは、困惑しつつも尋ねる。
「ええ。どういうわけか、卒業パーティーでのあの騒動以来ずっと欠席しているみたいなのよ。つまり、渦中の二人が同じタイミングでいないってわけ。だから、余計にみんな気になっているのよ」
そんな会話をしつつも歩いていると。
不意に、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「──ねえ……その話、本当なの?」
「え……?」
コナーが反射的に振り返ると。そこには、美しい銀髪を風に靡かせながら立っている令嬢がいた。──イヴィだ。
あまり食べていなかったのだろうか。元々スレンダーな体型ではあったけれど、以前にも増して痩せた気がする。
「イヴィ!? 体調は大丈夫なの? というか、今日も休む予定だったんじゃ──」
「もう、大丈夫よ。それより、今の話は本当なの? リチャード様は、ずっと休んでいるの?」
イヴィはコナーの言葉を遮るようにそう尋ねると、いきなり詰め寄ってきた。
「え、ええ……本当ですよ。卒業パーティーに参加して以来、ずっと欠席されているみたいで。噂では、原因不明の体調不良で病床に伏しているとのことですが……」
コナーの隣にいるクラスメイトが、気圧されつつもそう答えた。
イヴィは何かを考え込むような様子で伏目になると、「そうだったのね。教えてくれてありがとう」と言い残して学舎のほうに歩いていった。
「な、なんか……すごい気迫だったわね」
「う、うん……本当に、もう大丈夫なのかな……?」
コナー達は、そんな会話をしつつもどこかおぼつかない足取りで歩いていくイヴィの背中を見送った。
***
数日後。
イヴィのことが気になって寝不足が続いているコナーは、その日も眠い目をこすりながら登校した。
いつものように校門をくぐり、欠伸をしつつも学舎まで足を進めていると。不意に、信じられない光景が目に飛び込んできた。
(え!? な、なんでイヴィとリチャード様が一緒に登校しているんだ……!?)
そう、何故か婚約を解消したはずの二人が仲睦まじく手を繋ぎながら一緒に登校していたのだ。
これには他の生徒たちも度肝を抜かれたらしく、ちらちらと二人のほうを見ながらひそひそ話をしている。
「ねえ、聞いた? イヴィ様とリチャード様、よりを戻したらしいわよ」
「え!? で、でも……リチャード様、相当ご立腹されていたんでしょう? なのに、どうして?」
「私も詳しくは知らないのだけれど、突然リチャード様が『婚約破棄を撤回する』と言い出したらしくて。急に体調も良くなったみたいだし、もう何がなんだか……」
近くにいた女子生徒たちの会話を聞いて、コナーは困惑する。
どうやら、二人はいつの間にかよりを戻したらしい。
騒動直後は「リチャード王子はミナ嬢と新しく婚約を結び直すらしい」という噂まで立っていたのに、一体どういう風の吹き回しだろうか。
そのミナ嬢はと言えば──王太子の婚約者に関する悪質なデマを流した罪で、卒業間近にもかかわらず退学処分になったのだとか。
(一体、何が起きているんだ……?)
首を傾げつつも、コナーは渦中の二人のほうに視線を戻す。
イヴィに愛おしげな眼差しを向けながら話すリチャードを見た瞬間、ふと違和感を覚えた。
(あれ? リチャード様って、あんな口調だったっけ? それに、雰囲気も以前とは大分違うような……)
うまく説明できないが、以前とは明らかに違うのだ。姿形は全く同じなのに、まるで別人になってしまったかのようにすら思える。
その瞬間、ふとコナーの頭にある考えがよぎる。
ノアに人間の肉体を与えることに執着していたイヴィ。そんなイヴィが過去に行っていた黒魔術の儀式。別人のようになってしまったリチャード。
まさか──
(って……僕は、一体何を考えているんだ? そんなこと、あるわけがないだろ。絶対に不可能だ。いや、でも……もしかして──)
コナーが戦慄する一方で、イヴィとリチャードは楽しげに会話を弾ませていた。
そう、まるで婚約破棄騒動など最初からなかったかのように。
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