二十歳のギフテッド

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 俺はいつものように仕事でのストレスを抱えながら、札幌駅前の地下歩行空間を歩いて帰宅していた。仕事は家電メーカーのコールセンターで、主にスマホの使い方のアドバイスや修理手配のサポートなんかを担当していた。もう二年も毎日毎日同じような電話対応の繰り返しで、俺からはマネージャーが口を酸っぱくして言う初心なんて消えていたし、客には一期一会だなんて気持ちも芽生えなかった。  人の運命を見る力なんてものがあれば、占い師を差し置いて予言者でもやってアドバイスなんてしてやれたのに、俺にはそんな特殊な能力なんてのも無かった。中学の頃は教室に乱入してきたテロリストグループを制圧するなんて妄想もしたが、今でも第三の目が疼くこともなかった。  ある日の仕事の帰り、同じように帰宅していると、スマホに一件のメッセージが受信した。 「たいちゃん、お誕生日おめでとう!」  俺の誕生日を祝うメッセージと、イラストの付いたスタンプが送られてきた。この福島大河(ふくしまたいが)を『たいちゃん』と呼ぶのは、母親しかいない。 「ありがとう。今度、顔出すね」  内心嬉しかったし、一人暮らしで寂しさもあったので、すぐに返信した。 「そうか、二十歳か……」  思わず口から漏れたが、俺は成年に達した時より感慨深い気持ちになった。改めて父ちゃんと母ちゃんには、ありがとうと言いに行かなくてはと思った。  それと同時に、せっかく二十歳になったのだからと、円卓を囲む騎士の要領で誰か高校の頃の仲間と飲みに行きたいとの思いが急に湧き立ってきた。そこで思い立ったのが、高校生活三年間をつるんできた六人組のことだ。その中でも特に仲が良かった吉田健治(よしだけんじ)に、歩くのを止めてスマホからメッセージを送ることにした。 「ケンジ久し振り、元気?」  すぐに既読は付かなかったが、数分して返信があった。 「お、タイガ。おまえこそ元気かよ」  俺は、学校ではタイガと呼ばれていた。担任の教師からもそう呼ばれていたので、愛称だと理解している。 「今、大丈夫?」 「ごめん、会議中」  健治は高校を卒業後、札幌市内の食品メーカーの開発部に勤めていた。高校生の頃も学校の近くのラーメン屋のスープを勝手に舌で分析し、みんなに講釈を披露していたので、彼らしい就職だっただろう。 「クラス会? もしかして、もっさん来るとか?」  卒業以来の連絡のためか、珍しい連絡にクラス会を連想したらしい。みんな違う区に住んでいたけど、あいつらは『二十歳を祝う会』には出たんだろうか。俺は仕事のため出席はしなかったけど、自分がスーツにネクタイを締めるなんて想像するのも気持ち悪かった。俺が服装と髪型が自由の職場に勤めているのも、そんなところからだった。  『もっさん』とは例の六人組で、リーダーみたいな奴だった。そんな名前は、俺も今の今まですっかり忘れていた。健治はもっさんが札幌にいないことを知っていたので、過剰に期待をしたんだと思う。 「いや、どうしてるかなって」 「頑張ってるよ。タイガも頑張れよ! じゃ、クラス会あったら知らせろよ」  内容もやけにあっさりしているし、早々に終わらせたいのが伝わってきた。健治は俺っていうより、クラスのほうが大事にしているようだ。  俺はそれ以上の言葉を返さずに、「すべてを超えた先でまた会おう」というセリフとイラストが描かれたスタンプを貼り付けて、やりとりを終えた。  クラス会の話はあったが、個人としてはもう健治と絡むことはないんだと思い、深く考えもせずにメッセージアプリから彼の名前をスワイプして削除した。相手には削除したことは分からないが、着信拒否ではないので彼からのメッセージがあれば再び浮かび上がってくる。それまでは、この名前が俺の目の届くところにあるのは煩わしかっただけの話だ。中学の時もそうだったが、卒業後に再会して遊んだ友達は一人もいなかったので、俺はそういうものだと思うことにした。何か寂しい気持ちにもなったが、スマホを上着のポケットにしまうと俺は再び歩き始めた。この一歩が、精神的に過去との決別なのだ。  そして頭の中には、例の「もっさん」のことが浮かび上がってきた。そいつの武勇伝は数知れず、お年玉を握って風俗やパチスロに行ったなんていう豪胆なエピソードを話してくれたりしていた。ヘルスでは出す前に女性の肩を叩いて知らせるとか、スロットは目押しが大事なんだぜとか、俺らの知らない大人の世界をよく話していた。そんな話に影響を受ける連中も何人かいたが、俺は今でも身も心も綺麗なままのつもりだ。女性を意識して、早十年。このままあと十年なにもなければ、俺は魔法使いになるのだろうか。それは置いておいて、そんなもっさんのエピソードが少しは懐かしいと思ったが、それこそ俺はそれらから卒業しなければならないのだろう。  数日後、いつもみたいに客にドヤされて少しの残業をしてから帰宅していた。  俺は健治たちみたいにいいところに就職ができなかったので、派遣社員として勤務していた。コールセンターはアウトソーシングなので、メーカーから見ると俺の仕事は孫請けだなと思うと正直気が滅入る。でも、そこにしか勤められないのは、英語の文章が白で大きくプリントされた黒いパーカーなどの私服で面接に行く自分のせいだろう。そんな自分を何とかしなければと思って、一念発起して一人暮らしをしていた。両親と住んでいた同じ札幌市内の団地は、世帯の収入が増えると家賃が上がるというのもある。だったら、俺は誰にも何も言われない一人だけの空間が良かった。龍退治の勇者が現世に紛れ込んでいるという設定の世界に浸るには、四畳半のワンルームはちょうど良かった。  今日は帰りがけに近所のスーパーに寄って、三割引の弁当を買ってきていた。ソースの味しかしない、ほぼ衣の揚げ物だったが安いので文句は言えない。  いつものことながら帰宅してすぐにテレビを点け、手洗いとうがいをした後で、ヤカンでお湯を沸かし始めた。横目で見るともなく見ていたテレビから、聞き覚えのある名前が聞こえてきた。 「今朝未明、札幌市西区狩舞(かりまい)通りで一台の乗用車が、信号機に突き込みました。運転していたのは市内に住む吉田健治さん二十歳とみられ、救急車で病院に搬入されましたが、現在も意識不明の重体とのことです」  女性アナウンサーは、表情を表さずに淡々と読み上げていた。 「西区狩舞通りって、学校のほうじゃないか……」  俺はニュースで読み上げらた名前は、狩舞高校の級友に違いないと考えていた。だが俺は見舞いに行くという考えより先に、スマホを手にし、母ちゃんにメッセージを送った。 「かあちゃん、ウチって特殊な家系だっけ?」 「普通だけど、なした?」 「いや、なんも。昔ながらの成人の儀式とかってあるかなって」 「そんなのあったら、盛大にやってるよ」  それ以上のやり取りは続けなかったが、不審に思われたらマズイと思い、成人の儀式だなんて適当なことを付け加えておいた。  なぜなら、俺が彼の名前を削除したために不幸に見舞われたのではないかと考えたからだ。だとすると、俺は生まれて二十年目にして天からのギフトを手に入れたのだ。これは、偶然なんかであって欲しくなかった。仕事で見飽きたスマホが、まさかのチート能力だなんて身震いがして止まない。  飯を食いながらこれ以上のニュースを観るのは耐えられないと考え、適当にチャンネルを変えた。 「さぁ、ルーキー坂本猛(さかもとたけし)。大きく振りかぶって、第一球を投げた!」  今度は実況の男が、耳馴染みのある名前を大きく叫んでいた。今日は、いったい何という日だろう。そのピッチャーの顔は間違いなく坂本猛、つまりもっさんだった。聞き間違いでもなければ、見間違いでもない。俺らの中では『さかもとさん』が訛って『さかもっさん』になり、それがいつしか『もっさん』になっていた。本名である俺のタイガとは、えらい違いだ。そもそも奴は最初から「さん付け」だったというのも、俺は気に食わない。  そして闇属性の俺には、奴の白いユニフォームがやけに眩しく見えた。ウチの高校は甲子園には行けなかったが、北海道地方大会で目覚ましい活躍していたので、奴がスカウトされたのは知っていた。学校ではヒーローだったし、六人組の中でも部活をやっていたのももっさんだけだったから、よく本人の口から聞かされていた。 「もっさんよ。おまえはもう、好きなことだけで生きていけるんだろ?」  プロ野球選手で、ピッチャーを務める。なんてカッコよくて、嘘みたいな話だろう。おまえは、自分の夢を叶えたんだな。俺がガキの頃に口にしていた同じ言葉は、青臭くて現実味が無くて鼻で笑ってしまうよ。なんたって暗黒能力に目覚めた俺が北海道を護る最終兵器だなんて、漫画みたいなことを考えていたんだからな。  俺らは本当に馬鹿ばっかりやっていたけど、もっさんは凄えよ。放課後の化学実験室では、俺らはもっさんを中心によく集まっていた。吸引力が強いダクトの排気口ならタバコはバレないって言い出したのもおまえだし、ビーカーで缶コーヒーを温めたなんてのも懐かしい記憶だ。今のおまえには、俺みたいな客相手の気苦労とかも無いんだろうな。自分のちっぽけさから奴の活躍が妬ましく思ったが、いつか俺だってなんて思えるほど、俺は自分に熱くなれないらしい。しかし馬鹿さ加減は俺ら以上だっていうのに、おまえは何でも主人公みたいで凄すぎなんだよ。  そして俺は、野球の無い異世界への転生を願って、メッセージアプリから坂本猛の名前を削除した。
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