妖精さんとかっこん鳥

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妖精さんとかっこん鳥

「きませんな」 「お客様、だーれもいいひんなー」 「こんなの、オープンして初めてじゃなーい?」 お客様がれでもいない、ガラーンとした店内の会計棚の上で、妖精たちは足をバタバタとふらつかせながらそんな雑談をしていました。 「あんなに行列できてたのに」 「大ブームだったのに」 「ブームというのは一過性なのですよ、すぐに過ぎ去って、後にはこのようにふれていくだけなのですよ」 まぁ、それにしてもブーム短すぎた気がしますが。 私はしれっと彼らの会話に混ざってそう声をかけました。 そしてせっかくなのでこんな豆知識も教えてあげました。 「いいですか皆さん、このような状況のことを『かっこん鳥が鳴いている』というのですよ」 「へー」 「知らんかった」 「勉強になりまんなー」 妖精さんたちから、私の豆知識は大好評でした。 少しやりがいを感じます。 そんな中、そんな状況を正しく突っ込んでくれる人物がいました。 「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!なんとか対応考えないと!」 アンナです。 アンナは、この状況になってから一番この状況を憂いていて、必死になんとかしようとしていました。 「そう言われましても……このような状況では、できることもありませんし。」 「そんな……諦めるなんて」 「噂が捻りに捩れて、『お菓子屋さんのオーナーは、もともと貴族の屋敷で働く使用人、宝石を盗んで追放されて、今は店に来客するお客様の荷物をくすねている』なーんて噂が流れて仕舞えば、どうしようもないですよ。」 「噂……本当の話からだいぶ拗れましたね」 「伝言ゲームが、どこかで失敗したんでしょうね。」 いい加減な噂が生まれるわけです。 まぁ、それでも全く収入がないわけではありません。 なんだかんだ、フェアリーイーツを利用してくれるお客様が、まだ一応いるのです。 オーナーの人柄はともかく、妖精には会いたいという気持ちの人は存在するということでしょう。 あくまで、盗人は私ですから、私に直接会わなければ盗まれるということはないだろう、そういう判断のようです。 しかし、そう思っていただけるのも、いつまでやら…… 妖精使って盗みを働いてるなんて言われたら、もうフェアリーイーツすら使ってもらえなくなるでしょう。 「せっかく殿下が助けてくださったのに……」 アンナはシュンと落ち込んでそう言いました。 まぁ、確かにありがたいことではあったのですけどね。 あの現場を乗り切るのには良かったのですが、私の過去の罪が払拭されたわけではありませんでした。 大勢のお客さんの前で罪を否定できなければ、もう仕方がないことなのですよ。 「オーナー、どうして否定されなかったんですか?」 「否定って……何をですか?」 「オーナー、盗人なんかじゃなかったんでしょ?本人にあの場でそう言い返して、身の潔白を表明すれば、噂も今よりは」 「無駄ですよ」 「なぜ……」 アンナは、キッパリと言い切った私を理解できないと言った様子で、まじまじと見つめてきました。 その素直な瞳を見て、遠い昔のことを思い出します。 「あの事件は、ひっそりと行われた、小さくてボロボロな子爵邸のお茶会で起きた事件です。」 正直に伝えれば、わかってもらえる……あの事件の日、私はそう思い大声で文字通り『自分は潔白だ』と叫び続けました。 でも求められるのは『自分が盗んでいない証拠』でした。 そしてその上で、それがきちんと証明できなければ……事実を叫んだところで事実として受け入れてもらえません。 「デビューも済ませていない未成年が起こした事件、表面化されず、裁判なんか当然開かれておりません。令嬢一人が追放されて、全ての話は終わりました。」 あのお茶会でそうだったんです。 なのに、今回はそうじゃないなんて、思えるはずがないじゃないですか。 「証拠はありません、あったとして何も残っていない。目撃者もいないので証言者もいない、無実の立証は不可能。その状況で、誰が信じてくれますか?」 私はその場にいるみんなにそう問いかけました。 「「「「「……」」」」」 いつもお気楽な妖精さんたちまで、私を見ながら沈黙してしまいました。 少し空気を重くしてしまったようです。 「やだなぁ皆さん。そんな顔しないでください。」 そう言ってとりなしますが、空気は変わりません。 アンナはもちろん、妖精たちも気を遣って目配せまでしています。 しばらくの沈黙ののち、アンナはおずおずとこんなことを聞いてきました。 「でも、じゃあオーナー、これからどうするんですか?」 「そうですね……」 私は腕を組み、指で頬をトントンと叩きながら、首を傾けて考えました。 「このままでは赤字ですね……。今月だけならなんとかなりますが、来月までこの状況が続けば……もう経営は苦しいですね」 「「「「「「え!?」」」」」」 「なんと!?」 「なんでなんで!?」 「また冗談なんだろ!?」 「いいえ、今回はマジです。」 前回は余裕がありましたし、冗談半分だったんですが…… 今回はマジです。 これが1ヶ月続いたら、本当にお店畳まなければいけません。 アンナを雇っている以上、もう確定事項です。 「……みなさん、私のせいでごめんなさい。お店は閉めることになるかもしれませんが、どうかどこへ行ってもお元気で……」 「はやまっちゃあかん!」 「閉めなくてもいいじゃないの!!」 「もっと長い目で見て決めよーぜ!」 「ですが、今回の噂の件……1ヶ月で風化させるのは難しいです。」 「それに、チョコ餅を国の名物にする……という契約があったからアンナを雇うことができたんです。このような状況では、あの殿下のお付きの人が黙ってないと思いますよ?」 「例えば?」 「チョコ餅を国内の名物にできれば……という契約でお給金も向こうに払ってもらっていたので、契約遂行されないなら、アンナとの雇用契約は打ち切り、これまでの賃金も、一気に支払わないといけなくなりますね。」 「なんたる悪!」 「悪徳商法!」 残念。 悪は私の方なのです。 詐欺ではありません、大人の話し合いで決めた取引です。 まぁ、若干私が深く考えずに上手い話に飛び乗ったところはありますが… どのみち契約している以上、正当性は向こうにあることに間違いないですね。 契約するときは、必ずデメリットを考えなければいけませんね。 確実に約束できることでなければ、どんなに美味しい話でも乗ってはいけないのです。 まぁ、確実なんて話はないですよね。 終身雇用制度採用の大企業に入社してローン組んだのに、会社が倒産して払えなくなった……なんて話を聞いても驚かない昨今。 じゃあ貯金して一括って?それができないからみんなローンを組むんです。 その返済のあて、つまりチョコ餅の人気がなくなったのであれば、アンナを元の場所に戻すのがオーナーの勤めです。 「アンナ、まもなく彼らも迎えに来るでしょうし、彼らの元に戻って、好きに過ごしてください。あなたも皇族からの紹介でここにきたわけで……」 「そんな嫌です!せっかくこのお店で……オーナーの元で働けたのに、お別れなんて嫌です!!」 そんなに泣かれるほど一緒にいた時間は長くないのですけどね…… アンナが従業員としてやってきて、せいぜい半月。 ほとんどお会計を任せていましたし、大勢のお客さん対応に追われて、コミュニケーションを取る時間はあまりありませんでした。 それなのに、アンナはなぜ、こんなに慕ってくれるのでしょうか……謎です。 「それに……そう簡単にお店畳めないと思います。」 「それはどういう……?」 「それを……許さない人がいると思うんです」 この繁盛しなくなった店を畳んで困らない人……はて……それは一体……
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