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妖精さんと出張所(3)
「これが最後だな」
殿下から箱を受け取った妖精は、お客様にそれを渡しました。
「どーぞです」
「今度はお店にてお買い求めどーぞ」
「フェアリーイーツも可能ー」
「これチラシー」
「ありがとー」
最後のお客様はお子様でした。
妖精が、ラスト一箱をそのお客様に配り終えた頃には、すっかり人だかりもなくなっていました。
まぁ、箱は無くなったのですが、なんだかんだ試食は残ってしまいました。
殿下は余った試食用のチョコ餅をその場にいた妖精に配りながら、ベンチに座っている私に声をかけてきました。
「結局サングラスだけにしたのか」
「えぇ。」
「せっかく準備してもらったなら、全部フル装備すればよかったのに」
「ポリスメンの厄介にはなりたくございません。」
「仕事の後に悪かったな、これひとつどーぞ」
「どーぞって、これ私が作った商品なんですけどね。」
自分で作ったものを他人に差し入れ感覚で渡されると、不思議な気分になります。
しかし、疲れている時は甘いものに限るというもの。
ありがたいので文句を言わずに一ついただきました。
「美味しいです」
「それはよかった。」
殿下がにっこり笑ってそう言いますが、やはりそれを殿下に言われるのはなんだか不思議な感じがします。
何かが間違ってる。
殿下の方は全く気にしていないようで、私の隣にどかっと座ると、チョコ餅を頬張りました。
配り終えて余った分は、もれなく殿下の口の中に入るようです。
そしてもぐもぐ口を動かしている殿下に、今度は私が声をかけました。
「こちらこそすみません…殿下にこんなお手伝いまでしていただいて…後ほど給金を…」
「気にするな、ボランティアは皇族の嗜みだ」
「しかし…」
「それにこれは国家プロジェクトだからな、国交で必要なPR活動だ、このくらいなんてことはない。それに給料をもらう方が立場上問題だから、察してくれ」
なるほど……書面上の雇用契約も業務委託もしていない以上、ここでお給金を渡してしまえば、個人のやりとりになってしまいます。
ボランティアであれば、公務の一環になるからなんとでもなる…そういうことでしょうか?
まぁ、個人店の肩入れしてる時点で、何やっても今更だとは思いますが。
「それにしても、これ、アンナが作ったんだったか?」
殿下は何個目になるかわからないチョコ餅を口に含みながら、そう言いました。
いい加減飽きないんですかね、こちらとしてはありがたいので、心の中でだけ呟いて、殿下の質問に返事をします。
「そうですよ、今日から練習始めたんです。」
「見た目は歪だが…味は本物に近いな」
「読み書きができるので、分量通り作ってくれているのでしょう。」
まぁ、当日の気温や湿度によって分量変わることがあるのですが、基本として分量通りに作るというのがあるので、それができればまずは御の字です。
「それに筋がよく、覚えも早くて助かります。それに…なんだか懐かしくなります。昔の自分を思い出して」
何もできずに怒られながらお菓子を作って、妖精たちに揶揄われて……
でも……なんだかんだ楽しかった修行していたあの頃を。
「昔か…子供の頃からこういうのはよく作っていたのか?」
「いいえ、追放されるのが決まった後です、だから三年ほどです金。そもそも令嬢は厨房に立ち入れませんから」
「それで店を構えたのはすごいな」
「死に物狂いで修行しましたから。最初はクッキーを黒焦げにしてるくらいには料理音痴でしたから。」
「料理音痴が、皇宮で修行して、店構えるまでたった三年とは恐れ入る。」
追放されても生きていこうと思ったら、やはり手に職をつけるしかありません。
明日ご飯を食べようと思ったら、いやでも上手くなるしかありませんでしたから。
「なんでこんなところでお菓子屋をやってるんだ?あのまま皇宮でパティシエやってもよかっただろうに」
「お店を持つのが夢だったんです。そのための修行で皇宮に行っただけでしたので、元々一年以上やるつもりはありませんでした。」
「でも、残っていれば、貴族復帰のチャンスもあったんじゃないか?」
「誰かにみそめられてとかですか?」
「その可能性に限らないだろうが…」
まぁ、殿下の言うように、可能性はあったかもしれませんが、そもそも追放される時に貴族との関わり合いや催し物に参加しないことが条件でしたから、許されることではないでしょう。
「犯罪者には、身に余る願いですよ。」
それは、ちょっとした自虐のつもりでした。
しかし、なぜか真剣な表情を殿下は浮かべていました。
餅を食べながら。
「濡れ衣をまともに背負う必要もないんじゃないか?」
この発言は…きっとあの事件のことを知ってのことでしょう。
お話しした記憶はないのに、このことを知っていると言うことは…
さすが殿下、私のことは調べ済みでしたか。
当然と言えば当然ですね。
「全てを知った上で、何を根拠に私が濡れ衣だと思うのです?」
「得られた情報から総合的に考えた結論だ。」
「宝石は私の部屋から出ました。犯人と言われるだけの十分な証拠があるんです。」
「当時は泣き喚いて否定したそうじゃないか」
「どこまで調べたんですか」
まさか、実家にまで聞き込みに行ったのでしょうか。
恥ずかしい……あれごときのことで泣いてしまうなんて、人生の中で最大の黒歴史だと言うのに…事もあろうに殿下に知られてしまうなんて。
「その時みたいに否定すればいいじゃないか。」
「確たる証拠の前に、無実の主張なんて、なんの意味もないんです。」
「だからこの状況を甘んじて受け入れてるのか」
殿下はまた新たな餅を口に含みながら、納得したような面持ちでそう言いました。
甘んじているというか…どうしようもないだけなんですけどね。
「殿下こそなんでそこまで知っててご尽力くださるんです?私が無実だったとして、庇うメリットないですよ?」
「メリット?メリットならある」
「なんです?」
犯罪者を庇うメリットなんか何にもないと思いますけど。
「俺は皇子だから?国のために利益のために動く。」そして、これは今国益になる可能性を秘めている!ならば国益になる方の味方になるのもやはり当然のことだ!」
「国益って……大袈裟な……たかだかお菓子のひとつ……ただの晩餐会のデザートじゃないですか。」
「冗談で言ってるわけじゃないからな、本当にこの米をくれた国との国交がかかってる」
どんなに真剣に言われましてもね…
チョコ餅頬張らせながら言われても説得力ないんですよ。
「…せっかくまた食べれるようになったのに、また食べられなくなるのは嫌だからな。」
心の声が聞こえましたかね。
そのセリフの方が説得力がありますね。
「それに、約束しちゃったしな。」
「約束?」
一体誰となんの約束をしたのでしょう。
その答えを聞くことはできませんでした。
「お邪魔ですか?」
テコテコと歩いてきた妖精に声をかけられたのです。
「別日にしますか?」
真剣な話をしているようにでも見えたのでしょうか?
自由に生きている彼ららしくなく、こちらの様子を伺います。
「ごめんなさい、なんでもないんですよ。どうしましたか?」
「お店、今日は閉店ですか?」
「えぇ、もうとっくに……」
「そうですよね……わかりまうま」
それだけ確認すると、その要請は回れ右をして、またテコテコと歩いて行きました。
どこへ行くのだろうとその姿を追っていくと、少し離れた位置でこちらを見ている親子連れを発見しました。
女の子の方は、こちらに向かって手を振っています。
「アビー!どうだったー!?」
「あ、あの子」
「知り合いか?」
「以前、お店に来て妖精に名前をつけてくれた子なんです。」
妖精の名前を読んだことで思い出しました。
やはり名前って大事ですね。
あの日以来、久々に見ました。
アビーと名付けられた要請は、女の子とこそこそと話をすると、今度は女の子と一緒にこちらまでやってきました。
一体どうしたのだろうと思っていると…
「お姉ちゃん、お店いま何時までやってる?この前行った時間とかまだやってる?」
「え…?えぇ…どうしてです?」
「最近行列できて行けなかったし、行けてもいつもより早めに閉まってたから…」
そういえば、この子が来た直後から客入りが増えて、お菓子の売り切れが早まって、前より短い営業時間にしてたんでしたっけ。
「この前買ったマフィンも美味しかったし、今日もらったお菓子すっごくおいしかった!また行きたい!アビーにも会いたい」
「も……もちろんこちらは大歓迎ですが……」
子供はなんとでも言えます、噂なんて関係ないですもの。
こう言う時大事なのは……大人の意見です。
子供は大人と一緒でなければ、どんなに行きたいお店でも入る小ばれたはできませんから。
「……」
案の定、この子のお母さんは厳しい目でこちらを見てきます。
こう言うのを蛇に睨まれた蛙っていうんですかね
お母様が頷かなければ……
「明日……伺っても?」
「え……」
まさかの質問に驚きました。
お母さんの方は、私の噂のことを知っているはずです。
だからこそ、お店に来なかったはずですから。
一体なんの変化があったのでしょうか…噂を知りながら期待と言ってくれるなんて…。
確かに、今日の無料配布には大勢の方が来てくださいました。
でもしれは無料だったから、配ってるのが殿下で、私はいなかったから。
それだけの話…店に来てくれるかは別の話。
もしかしたら。子供にごねられただけかもしれません。
それでも……
「お待ちしております。」
来たいと言ってもらえるほど、嬉しいことはありません。
「また、1から頑張らないとですね。」
信頼を取り戻せるように。
遠ざかっていく親子を見ながら、私はそうポツリと呟きました。
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