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私は死んだ人の顔が好きだ。
好きと言ってもラヴではなくて、ライクの方だ。
その顔は誰でもいい訳では無いし、ずっと昔から、小さい頃から好きだった訳じゃあない。
あれは、高校生2年目の夏の夜の夢。
冷房は聞いていたけど真夏の夜なのでむさ苦しかった。
その日の夜についてはとても良く覚えている。
大好きな先輩が死ぬ夢を見た時からだ。
夢の中は基い、急いで飛び起きてからも冷や汗がつたい生きた心地がしなかった。
暑いはずなのに寒気がするほどに。
だけれども、刹那、お棺には慈悲にも丁寧に美しく並べられた菊の花に勝るほどの綺麗な顔。
その姿を思い出していた。
夢の中で私は先輩の頬にそっと触れる。
ひんやりと冷たい。夢なのに感触があるなんて、と悲痛とも表しがたい潰されそうな傷ついた心と焦っていた頭を冷やしてくれているようだった。
ふと横に目をやると、先輩の彼女らしき人物が、隣で泣いていた。
綺麗な黒髪ボブで声を押し殺すかのように顔に手をやり、泣いていた。
その姿も美しいと思ってしまったが、それ以上に固く口と目を閉ざした白い顔の先輩は何よりも美しく見えた。
それから毎日、その先輩が死んでしまった時の顔を思い出す。
今生きていて何かを話している、色んな表情をしている先輩の顔にはときめかない。が、その顔の事を思い出すと、胸が、心臓が、心が、大きな手で握りつぶされたかのようになり、顔が火照る。
とてつもなく苦しい気持ちになるのだけれど、だからこそ同じくらい愛おしい。
しかしながら、性とはまた別でそれを妄想して自慰をしたりすることは無い。私は単純な恋心と似ていると思った。
しばらくして、恋心は落ち着いてしまった。
というのも、頭に大きな針を刺されたような衝撃の夢だったのに、あれだけ思い出していたのに日を重ねる毎に夢の記憶は薄れてしまったためだ。
あの夜の事は思い出せるのに、夢のことは思い出せなくなるなんて思ってもみなかった。
何度も夢を見返そうと夢日記を付けたりなどしたが、私がもう一度その夢を見ることは無かった。
途方に暮れていた時、私の中学校以来の友人が死んだという報せが入った。事故だった。
友人といっても少し会話をした程度で、特に思入れがある訳では無いが、母に行ってきなさいといわれ渋々お葬式に参列した。
…いや、渋々では無かった。寧ろ内心嬉々としていた。その事を悟られまいと心の奥底にしまい、哀しい顔を引っさげて参列していた。
「これが最後のお別れになります」
葬儀場の方のアナウンス(というのだろうか)が流れ、順番に菊の花を詰めていく。
しゃくり声をあげて泣く人、ありがとうと泣きながら笑顔で言う人、何も言わずに菊だけ入れる人、恐る恐るお棺に近づく人。
その人たちに、心は揺れなかった。特別夢の中の彼女が美しかったのだな、と思うと同時にもうあの顔を思い出せないなんてと悲しみに暮れていた。
とうとう私の番になり、そっと友人の顔を覗いた。
友人は事故で死んだ。
しかし、あの時の先輩と同じく白い綺麗な顔をしていた。
うっとりしてしまうくらいだった。いや、きっと顔に出ていた。何故ならば隣にいた友人がぎょっとした顔で私を見ていたから。
さらに感極まって泣いてしまいそうだったので急いでお棺に菊を入れ、葬儀場を後にした。
夢で見たよりも、輪郭がハッキリとしており、色白く、もう二度と口も目も何もピクリとも動かない顔、死人の独特な匂い(嫌な匂いではない)全てを身体に焼き付けてきた。
家に帰りうっとりとして、ふと30分たった頃に空を見上げると北側の大きな煙突からもくもくと白い煙が上がっているのが見えた。
それには、なんの感情も湧かなかった。
ほんの少しだけ、寂しい気もした。
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