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「哲志、Uターンしないって」
スマホを手にしたまま肩を落とした座椅子の上の母を見て、私は正直驚いた。それを隠し切れず、ついつい母の顔を後ろからのぞき込む。
皺が増えた。私たち兄妹は高齢出産で生れているので、同級生の両親たちよりも一回りくらい上だ。
スマホのメール画面、そっけないSMSに打たれた文字。
兄がそういう人だということはこの私は十分に知り尽くしているのに、この母は知らないのだろうか。父もまたそう思うのだろうか。今日もきつい仕事で生計を立て、兄への仕送りまでしている父。せめて大学を出たら自分たちの手の届くところに戻ってくると期待していたのだろうか。
それを思うと私の内臓は冷えた。
兄が帰ってこないなんてことはあらかじめ分かり切っていたではないか。
それなのに、それを期待していたなんて、迂闊にもほどがある。
そういう呆れた思いとともに、やはり悔しさと、そして哲志への憎しみがこみ上げる。
いつしか私は、最初は心の中で、今は大っぴらに兄を「哲志」と呼び捨てていた。
兄だとは思っていないという意思表示である。
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