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1-1 憂鬱な月曜日
月曜日は、いつも憂鬱だった。教室に入ると、至るところでクラスメイトたちが週末のダンジョン話で盛り上がっている。ランクが上がった話や新しいスキルの話、レアアイテムや武具をゲットした自慢話が、今朝も洪水のように溢れていた。
そんな輝かしいみんなを横目に、 僕は存在をさとられないように机に座った。この後の展開を考えたら、気分は最悪でしかない。空気化のスキルが使えるなら、今すぐ使って消えてしまいたかった。
「お、光じゃないか。朝から冴えない顔してどうしたんだ?」
何事もないようにと祈る暇もなく、クラスメイトの田代が声をかけてきた。身長こそは負けてないけど、パワーファイターである田代の体躯は大柄という言葉がしっくりくる。田代に比べたら、僕の体はもやしにしか見えなかった。
もちろん、劣っているのは体躯だけではなかった。田代は学園一のダンジョンプレイヤーであり、選りすぐりのメンバーで構成されたホワイトウイングというチームのリーダーでもある。そんな田代が朝から僕にからむ理由は、簡単に言えば嫌がらせだった。
「光、俺たちついにドラコンを倒したんだぜ」
田代が誇らしげに出したのは、ダンジョンに巣くうドラコンの鱗だった。ドラコンの鱗は武具の材料になるだけに、売れば高値がつく代物だ。そのため、手にしているだけでダンジョンプレイヤーとしての強さを誇示することができる。
「で、光は何か手にしたのか?」
当然のように聞いてくる田代の声に、周囲から笑い声がもれてくる。調子に乗った取り巻きの一人が、「光は工具士だって」とわざとらしくツッコミを入れると、周囲の笑い声は一気にボリュームを上げていった。
――また始まったよ
悔しさと怒りを握り拳に込めて、僕はじっと田代の嫌がらせに耐えた。僕が通う学園は、全国でも屈指のダンジョンプレイヤーを育成する高校だ。当然、この学園の生徒はみなダンジョンプレイヤーの卵であり、将来はプロのダンジョンプレイヤーとして活躍することを目標としていた。
――なのに、僕は
歯ぎしりが聞こえるほど歯を食い縛り、田代の嫌みを聞き流し続ける。工具士というジョブを、好きでやっているわけではない。本来、工具士は怪我等で一時的に戦闘に参加できなくなった者がやるジョブで、内容は雑用という名の後方支援でしかなかった。
そんなハズレジョブに、僕は入学してからずっと就いていた。入学当初は剣士としてダンジョンプレイヤーになっていたけど、とある理由によって組んだパーティーから捨てられ続け、今では一人ぼっちの工具士として教室の隅で息をしているだけだった。
――くそ、僕だって
耐えきれない怒りに任せ、田代を睨みつける。高校入学後、何度もダンジョンに潜り続けてはいたけど、今まで一度も戦闘に勝てたことはなかった。下手したら小学生でも倒せるスライムですら、僕は倒すことができないわけだから、僕の置かれている現状は悲惨以外になかった。
「やめなさいよ」
取り巻きが煽るのに合わせて田代がさらにヒートアップしかけたところに、夏だというのに背筋が寒くなるような冷たい声が聞こえてきた。
「ダンジョンプレイヤーとしての実力はあるくせに、やっていることは魔物以下ね」
田代の背後から現れたのは、神崎麗華だった。神崎といえば、この学園で知らない奴はいないと言われるほどの美少女だ。透き通るような白い肌に映える腰まで伸びた黒髪が特徴的で、真似をしている女子も少なくない。ちょっと冷たさを感じる切れ長の瞳は、神崎の意思の強さを物語る光で溢れていた。
「誰かと思えば呪い姫かよ」
ふりかえった田代が、神崎を見て顔を醜く歪めた。去年まではホワイトウィングのメンバーだった神崎は、ダンジョンで開けてはいけない宝箱を開けたことで呪われてしまい、結果、スキルが使えなくなってメンバーから外されていた。
以来、神崎は呪い姫とみんなから呼ばれている。そんなあだ名をつけたのは田代だから、神崎と田代の仲は自他共に認める犬猿の仲だった。
「朝から岡本なんか相手にして楽しい?」
明らかに見下した神崎の態度に田代が眉間にシワを寄せるも、すぐに取り巻きの耳打ちによって下品な笑みを浮かべた。
「ああ、楽しいぜ。そんなこと、最弱パーティーからも参加を断られたお前に言われたくはないけどな」
田代が、馬鹿にした笑い声を上げながら神崎の痛いところを突く。神崎は呪われてからはずっと一人だ。なんとか呪いを解く方法を探しているらしいけど、ダンジョンに潜るパーティーさえ見つかっていないことは、周知の事実だった。
「ちょっと待ってよ、田代君」
一触即発の空気が漂いだしたため、慌てて僕は二人の間に入った。
「一応さ、僕も昨日は頑張ったんだけど」
張り詰める空気の中、声が枯れそうになりながらもなんとか声を絞り出した。
「へぇ、で、収穫はあったのか?」
「収穫というか、まあ」
腕組みした田代に睨まれたまま、これから起きることが予想できつつも、僕はポケットから土色のクリスタルを取り出した。
「なんだそれ?」
「土のクリスタルだよ。土属性のスキル効果を上げてくれる――」
説明は無駄だとばかりに僕の手から土のクリスタルをもぎ取ると、田代はみんなに見せながら爆笑した。
予想通り、田代の笑いはみんなに広まった。それも当然だった。土のクリスタルは、土産でも売っている子供のオモチャだ。ダンジョンで手に入れるということは、すでに魔物も駆逐されて遊び場になっているようなダンジョンで拾うぐらいしかなかった。
再び両拳を握りしめ、みんなの馬鹿にした笑い声に愛想笑いで応える。神崎が間に入ったことは嬉しかったけど、僕のせいで馬鹿にされるのは嫌だった。
だから、予想通りのピエロとなってみんなの見下す目を僕に集めた。見下されるのは仕方がない。ここでは、ダンジョンプレイヤーとしてのランクが全てだ。最下位のFランクから未だにランクアップできない僕と、すでにAランクのレベルアップ試験を受けようとしている田代たちとでは、みんなの見る目が違うのは当然のことだった。
毎回恒例の嫌がらせも、先生が来たことで終わりを迎えた。去り際、神崎が忌々しく僕を睨みながら「情けない」と呟いたけど、僕には反論する気持ちはなかった。
だって、仕方ないことなんだから。
僕だって、今の僕を受け入れているわけではない。
本当なら、田代みたいに将来を有望されるダンジョンプレイヤーになりたかった。最高の仲間と、数多に出現するダンジョンを攻略したかった。
けど、そんな僕の願いが叶うことはない。入学後、陰に隠れて血の滲むような努力を重ねて剣術やスキルを習得したのに、実戦に活かされることはなかった。
なぜなら、僕に与えられた属性は、魔物を倒すどころか活性化させる、この世界で極めてまれな存在である闇属性だからだ。
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