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捨てる場所
とも子は決して父親が亡くなった後の井戸水を口にしなかったが、その後、一番最初に口にしてしまった祖母が亡くなった。
母親は、祖母は持病で亡くなったのだと思い、すでに新鮮ではない「いらないもの」の祖母を井戸水に捨てに行ったが、いつものように井戸水は上がってこなかった。
不思議に思ったが、「いらないもの」になった祖母を井戸に投げ込んだ母は喉が渇いたので、汲み置いていた井戸水を飲んだ。
そして、そのまま亡くなった。
とも子は初めてこの家から葬式を出した。いつもは葬儀は簡単に済ませたからと言っては、空の骨壺をお寺に持ち込んで墓におさめていたのだが、こんかいは初めてお骨の入った骨壺を墓におさめたのだ。
とも子は、今回の作戦で井戸に住んでいた何かを消すことに成功したと喜んだ。
水に関しては、とも子も家の井戸水以外は飲めないが、清涼飲料などで暮らしていけばよいのだ。
とも子はたった一人になった家で、まずは水質調査を市に依頼して、とも子の家の井戸水が飲料には向かないどころか、急に毒性のある水に変わったことを明らかにした。
近所の人も段々水を貰いに来なくなってはいたが、どうしても井戸水を飲みたいという欲求に負けて、こっそり井戸水を飲み、亡くなる人が続出してしまった。
とも子は造園業者に頼み、庭の井戸を埋めてもらうことにした。
井戸は通常簡単には埋めてくれない。
しかし、この井戸の水に何かの中毒性があって、何人もの人が亡くなっているとなれば、行政からも強く乞われ、造園業者は井戸を埋めていった。
とも子はしっかりと見守っていた。
と、その時、井戸から何か小さなものが出てきた。
それは、真っ黒な手のひらほどのガマ蛙だった。
とも子はこれが元凶だと咄嗟に感じ取った。小さいながらそのガマ蛙はとも子に向かって長い舌をシュッと伸ばしてきたからだった。
あの井戸水の動きによく似ていた。
きっと、ずっと昔からこの井戸に住み着いていた物の怪なのだろう。
今の大きさであれば、とも子でも簡単に退治できる。
とも子はガマ蛙を小さな瓶に入れ、残っていた塩素系と酸素系の洗剤を混ぜ、その瓶に入れた。
ガマ蛙はもだえ苦しみながらやがてもっと小さくなり、消えてしまった。
とも子は家も売りに出し、一人きりで小さなアパートに移った。
平穏な日々が続いていた。
ただ、普通の水を飲みたいと思った時には、あの井戸水の味を思い出さずにはいられなかった。
水道水はもとより、市販のペットボトルの水もとも子の身体は受け付けず、飲んでも吐いてしまうのだった。
とも子は無味の物を飲みたいときには、なんとか、市販の炭酸水などでごまかして生活していた。
とも子は「いらないものを捨てる場所」も社会のルールでだんだん覚えて、正しくゴミ捨てができるようになった。
ある時、炭酸水だと思って飲んだものが普通の水だったことに驚いたとも子は何故だかその水は吐かずに済んだ。
あの懐かしい井戸水の味がした。
その水はとも子が投げ込んだ毒が混入していた。
意識が薄れていくとも子の目の端に消えたはずのガマ蛙が少し大きくなってベランダから覗いていた。
蛙のくせにニヤッと嗤いながらとも子の息絶えていく様を見ていた。
結局とも子も消されてしまったのだった。
ガマ蛙はこの近所にある井戸を見つけ、住み着いていたのだった。
消えたと思ったのは、人間の目に見えない程に小さくなっていただけで、太古の昔から生きている物の怪には毒は結局効かなかったようだ。
きっと何年も、何十年も経つ頃には、ガマ蛙が住み着いた井戸はまた「いらないものを捨てる場所」となって、自分の食料を手に入れることになるのだろう。
日本には沢山の井戸が残されているのだから。
【了】
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