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いらないものの中には
ちょうどお昼を食べ終わった頃。とも子はお母さんとお父さんに呼ばれた。
「ちょっと手伝って。意外に重くてね。」
とも子が庭に行くと、お祖父ちゃんがグルグル巻きにされて大きな石をつけられていた。
お父さんとお母さんは脇と膝を持っているが、年齢の割には体格の良いお祖父ちゃんは重いらしく持ち上がっていない。その上石が付いているのだから持ち上がらないだろう。
「え?ちょっと待って。お祖父ちゃんを、まさか?井戸に?」
「えぇ、もうお祖父ちゃんは誰の事も分からないしね。「いらないもの」って井戸が判断したのよ。昨夜夢で呼ばれてねぇ。そろそろ新鮮な生きた「いらないもの」が欲しいってね。」
「まさか、ひいお祖父ちゃんやひいお祖母ちゃんもこの中に?」
とも子は急に吐き気が襲ってきて、さっきのんだ井戸水を吐き出そうとした。
「いやねぇ。大丈夫よ。「いらないもの」は井戸が消化して水はいつも綺麗よ。水質検査にも一度も引っかかったことがないんだから。」
「そうだぞ。お父さんが生まれる前からこの家では井戸が夢で呼びかけてきたら新鮮な「いらないもの」を入れることになっているんだ。そのほかの「いらないもの」を適当に捨てて良い代わりにな。さぁ、手伝って、井戸が待っている。」
お父さんに言われ、重い井戸の蓋が外れている中を覗き込むと、いつも下の方に黒く沈んで見える井戸の水が縁まであふれて生きているようにその水の手を伸ばしてきているように見えた。
「さぁ、とも子はその石を持ってくれ。そうすれば多分持ち上がる。」
お父さんにそう言われて、とも子は心ではあらがっているのに、身体が勝手に井戸の水に引き寄せられるようにお祖父ちゃんに結んであった石を持った。
そして、盛り上がってくるような井戸水にお祖父ちゃんがふれた瞬間、井戸水はシュッと下まで下がって、いつものような黒く沈んだ静かな井戸に戻っていた。
「これで、しばらくは大丈夫だ。とも子は一人っ子だからな。婿養子でもとってこの家で井戸の面倒を見るか。今時は家があれば婿に来てくれるそうだから嫁に行って、この家に住んでもいいぞ。
とにかく、井戸の欲求を満たさないと関係のない人にまで被害が及ぶからな。」
「でも、おとうさん。そんなに都合よくこの家の人だけで新鮮な「いらないもの」ってこれまで用意できていたの?」
「あぁ、近所でも新鮮な「いらないもの」が出そうなときにはうちに言ってくるから。この近所はみんなここの井戸水を飲んでいるからな。」
あぁ、そういえば、毎日のように井戸水を貰いに近所の人が来ているんだった。
井戸の中にはいったい何が住んでいるのだろう。
そうして、井戸はその後も壊れた電化製品や家具など、粗大ごみに出すとお金を取られるようなものもバラバラにして袋に詰め石を結んで捨てれば何でものみ込んだくれた。
とも子は小さい頃から井戸水を飲んでいるので、もう、この家からは離れられないと思い、お祖母ちゃんが怯えていたのにも納得がいった。
みんな井戸水に操られている。
こんなに恐ろしいことはなかった。
とも子は高校生になった頃、理科室から毒物である青酸カリを少量盗んできて、井戸水に垂らしてみた。
井戸水は底の方で苦しそうに暴れた。しかし、少量であったためかすぐに普段の黒く沈んだ静かな水面に戻った・・・と思った瞬間、井戸水が急に一本の竜巻の様に細く長く上がってきて、鞭のようにとも子の持っていた青酸カリの入れ物をとも子の手からピシリと叩き落した。
とも子の胴にも巻き付こうとしたが、とも子は急いで家に入って井戸水からは逃れられた。
とも子は、この家と、この井戸のおかしな結びつきを切るために、この恐ろしい井戸水を蓄えている井戸ごと消すことにした。
家の中でこれまで多分一番多くの新鮮な「いらないもの」を井戸に投げ込んできた父親を使うことにした。
とも子はその頃、井戸の事で思い悩み、精神科に通院していた。
処方されていた睡眠薬を父親の食事に混ぜ、眠らせた後、父親には申し訳ないと思いつつ、前もって購入してあった大容量の酸素系と塩素系の洗剤を大量に父親に括り付け、立たせたままグルグルに縛って、重りの石を結んだ。縛った紐の間に洗剤をふたを開けて挟み、井戸の淵に父親を立たせて足を持ち上げ、そのまま井戸に真っ逆さまに落とした。
井戸は最初、思いもよらない新鮮な「いらないもの」が降ってきたと思ったのだろう、途中まで水がせりあがってきて、父親を飲み込んだ。
その後、水の中で硫化水素を発生させた洗剤に、井戸水はもだえ苦しんで井戸の中でばちゃばちゃと暴れた。
最近、父と折り合いが悪くなっていた母は、とも子のしている事をただ単に、口うるさい父親を「いらないものを捨てる場所」に捨てただけだと思って黙認していた。
その後、いつもどおり水が浄化されていると信じてやまない母は、井戸から水を汲んで冷蔵庫で冷やしていた。
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