庭の井戸

1/1
前へ
/3ページ
次へ

庭の井戸

 とも子の実家は古い木造立てで、特に目立った点もない家だった。  一応庭は有った物の、家の北側で、三方を隣家の塀が多い、昼間でも薄暗く、日の当たらない寒い庭だった。  その庭の真ん中にはとも子が生まれる前から井戸があり、水質検査で飲み水にしても問題ないとされていたので、昔からとも子の家では、井戸水で生活をしていた。  さすがに令和の今はトイレは水洗だし、お風呂やキッチンも給湯器とつながっているので、使用頻度は減っていた。  でも、野菜を洗ったりするのには井戸端にあるポンプで水を汲み、そこに設置された洗い場で洗っていたし、飲み水は水道水よりもおいしいので、汲み置きして、冷蔵庫で冷やし井戸水を飲んでいた。  とも子が小さい頃から、この井戸は不思議な力を持っていた。  家の中でいらないものがあると、ちゃんと沈むようにおもり用の石を結び付けて井戸に投げ込んでしまうのだ。  ある時は不要になってしまった壊れた電化製品。ある時は壊れた椅子。  何を捨てても、水はいつも清く澄んで、捨てたものは重い井戸の蓋を開けてみてもどこにも見えなくなっていた。  よほど深い場所に太い水脈があって、流されるのだろうか?と、とも子がある程度大きくなった小学校5年生の頃には考えたものだが、大人たちに聞いても、 「そのうちにわかるから。」  と、言うばかりで詳しいことは何も教えてもらえなかった。  とも子が小さい頃には父方のひいお祖父ちゃんやひいお祖母ちゃんがいたはずなのだが、知らない間にいなくなっていた。  とも子が不思議に思って聞いた小学校5年生の時には父方のお祖父ちゃんがいなくなった。  お祖父ちゃんは最近、痴呆が進み徘徊したりして、とも子の母は一日中お祖父ちゃんにかかりきりだった。  お父さんは外に仕事に行っているからお母さんが一人で面倒を見ていた。  お祖母ちゃんは、お祖父ちゃんが痴呆になってから何だかビクビクしていて、自分の部屋から出てこなくなってしまった。  ご飯はとも子がお祖母ちゃんの部屋に運んでいた。  とも子はお祖母ちゃんに聞いてみた。 「どうしてこの頃一緒にご飯を食べないの?お母さんはお祖父ちゃんにかかりきりだし、私一人でご飯食べるの寂しいよ。」 「とも子。お前もついにあの井戸の秘密を知る時が近づいているのよ。私は嫁に来たとき芯から驚いたけれど、理にかなっている気もしてあの井戸を都合よく使っていたわ。いざ自分の番になると怖いものね。」 「怖いって井戸が?」 「あぁ、これ以上言ったらお祖父さんより先に私が「いらないもの」になって捨てられてしまうから言えないよ。」  とも子は自分のご飯を食べながら考えた。 『「いらないものを捨てる場所」ってあの井戸の事だよね。まさか、小さいときに急にいなくなったひいお祖父ちゃんや、ひいお祖母ちゃんもあの井戸に?いやいや、お仏壇あるし、さすがに人は「いらないもの」ではなくて人だもんねぇ。』  そこまで考えると、ふと自分がいつも飲んでいる水が急に怖いもののように思えて飲めなくなった。  コップの水を捨てて水道水をコップに入れて飲む。カルキ臭くてまずかった。もう一度コップの水を捨てて結局いつも冷やしてある井戸水を飲んだ。  とも子は水と言えばこの井戸水しか飲んだことがなかった。学校に行く時にも、水筒には井戸水を入れていった。  本当は腐りやすいので水道水しか持ってきてはいけないことになっているが、とも子の家の井戸水が腐ったことはなかったのでこれまで井戸水しか飲んだことがなかったのだ。  
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加