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さて、夜が明けて朝日が昇り、だるーく授業をすませた放課後の三時五十分。
キララさんは一人でクラスに残って鏡をのぞきこみ、念入りに顔面を創作していた。
ドリルなみに巻きの入った茶髪。食虫植物のように反り返ったまつげ。てらてら光るくちびるは、ジューシーな唐揚げを丸かじりした直後みたいだ。す、すげえ迫力……。
ちょっとめまいがしたせいか、セーラー服の赤いリボンが牛スライスの生肉に見えてさらに怖くなる。
ダメだ、ビビるな。今日、きっちり告白できれば、僕もシャキ男の仲間入り。姉貴の願いも叶う。
すーはー。すーはー。詰め襟を指で開いて深呼吸。気合いを入れるために自分で自分の頬をたたいた。
よーし。キララさんが書道室へ行く前に、勝負をつけるんだ。いくぞ。扉をあけて、教室に足を踏み入れた。
「一年の、佐々木と言います。あの……」
ぐぐぐ。口がひらかない。
「な……にかしら」
それでもキララさんがちょっと女らしい声を返してくれたのは、姉貴の言うように、僕の容姿がまんざらでもないからか。
たとえば伝説の勇者。そう、ジャガイモくんなら、「なんだよ、てめえ」で瞬殺だったろう。このチャンス、逃すんじゃない。
「僕、キララさんのことが……」
姉貴を相手にあんだけ練習したのに、また言葉に詰まる。どんなに自分にムチを入れても、この先は言えなかった。
だけど、恋の準備運動万全なキララさんは、その後のセリフを察してくれて、頬をぶにょんとゆるませた。
ついさっきまで、告白するプレッシャーと戦っていた自分が、なんと初対面の男子から言いよられている。
なにこのロマンチックな展開。
てなよろこびが、よだれといっしょにキララさんの口のはしからあふれ出しそうだった。
僕はそっと手を差し出して目をつむる。
この手をにぎれば、僕を選んだことになる。
リョウスケさんから僕に乗りかえる?
それとも、リョウスケさんへの愛を貫くの?
答えを聞かせてください。
長い髪を引きずって、沈黙の天使が二人のあいだを通りすぎた。情けないことに、僕の足はふるえた。どうなるんだ。頼む。上手くいってくれ。
「せっかくだけど、あたし、好きな人がいるの」
苦し気な、でも、とっても甘美な香りを帯びた声が宙を舞う。
「ごめんなさいね。佐々木クンだっけ。キミにも、きっといい人がみつかると思うわ」
求愛する男をふった女の優越なのか。太ももをぶりぶりゆらせて、キララさんは僕の前からいなくなった。
はああー。
胸の底から息がもれた。足に力が入らない。ぐんにゃり床に崩れて落ちた。
やったー、断られたぞー。
僕に課せられたミッションは無事完了だー。
節操なさそうな人だったから、ドキドキしたよ。土壇場で僕に変更ってのも、マジでありそうだったもんなー。
だのに姉貴ときたら、キララさんはふった男の数を自慢するために、必ず断るって完璧に読み切るんだもん。ホント、尊敬するよ。
リョウスケさんとの約束の時刻は、すでに十分ほどすぎている。
「告白の部屋」に、もう二人はいないだろう。
弟から見ても、姉貴はなかなかイケている。リョウスケさんから、いい返事をもらえてるといいな。
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