恋愛略奪フォーメーション

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 僕と姉貴の通う高校には、(みやび)な言い伝えがある。  教育実習でやってきた美人系女子大生に、ジャガイモ男子が玉砕覚悟で想いを打ち明けたところ、なんとめでたく結ばれた。  この大事件が起きたのは、旧校舎四階の角に位置する書道室。  それ以来、墨くさい書道室は恋愛の聖地へと格上げされ、「告白の部屋」として、生徒たちのあいだで存在感を放っている。  ぶっ壊れた鍵を学校が修理しないのは、生徒のニーズを尊重したのか、単にズボラなのかはわからない。  ただ、わかっていることはひとつ。あしたの四時。リョウスケさんは書道室で告白される。  とかなんとか、いろいろ頭に横切らせながら、僕は姉貴にむかって「好きです。つきあってください」を連呼した。姉貴からは「声が小さーい」と指導が入るから、けっこうな大声だ。  これ、親に聞こえてるんだろうな。高三の姉にむかって、高一の弟が「好き」って言いまくるのって、なんかいろいろ不安だろうな……。  とかいう心配は無用だ。  親は知っている。姉貴と僕が、かたく清らかな絆で結ばれていることを。  厳しく詰める物言(ものい)いだけど、姉貴はとてもやさしい。  小学校に入ったばかりのころ。僕は学校が怖いと泣く弱虫で、姉貴は少しでも弟からおびえがへるようにと、手をにぎって登校してくれた。  クラスが変わるたびに自己紹介が怖いと涙ぐむ僕に、姉貴はお手本を見せてくれて、ちゃんとできるまで練習につきあってくれた。  今はきっと、いつまでたっても彼女のできないへにょい僕を、姉貴が鍛えている、と親は思っていることだろう。  僕がシャキッとすれば、姉貴の夢は叶う。僕だって、姉貴をよろこばせたい。そのためなら、大概のことはやる。  だけど、女の子に直接愛を告げるだなんて、超A級の試練だよ。生まれて初めての経験。あしたがこなきゃいいのに。時間が止まって、ずっと夜ならいいのに。  おい。やる前から逃げてどうする。姉貴の命令なら、できるだろう。シャキッとしろ、シャキッと。試練を乗り越えろ。今日の夜をさかいに、僕は生まれ変わるんだあああ。  へにゃ男な僕とシャキ男な僕を頭の中で戦わせながら、三十分ほど「好きです」をくり返した。ようやく姉貴のオッケーが出たときは、はずかしさをこらえての発声に、汗びっしょりだった。  ここまでやったんだから、上手くいってよね。頼むよ、ホント。
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