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ⅤSクロマドウシクズレ&イソギン③
マドウシクズレとイソギンに全滅させられかけた、その日の夜。
日中に絶体絶命のピンチになり、決死の思いで切りぬけたのが嘘のように、鼻歌を吹きながら、温泉に浸かっていた。
格闘家は、たまたま会った知りあいと飲みにいき、勇者と白魔導士は宿屋で盛大にプロレス大会を開催。
格闘家はともかく「もうキーに会えないかと思った!」とわんわん泣いて抱きついた勇者の、恩を仇で返すような仕うちよ。
なんて腹を立てても(不本意ながら浮気をしていることになっている)日陰者は口をつぐむしかなく。
いやでも、あんあん耳につく宿屋から放れて気分転換できないものかと、村人に聞きまわったところ、この温泉を紹介してもらったわけだ。
小さい山を超えての、やや遠くにある天然温泉。
硫黄の匂いが魔物を遠ざけるとしても、戦闘地域の近くとあり、湯場や宿などは建てられていないとかで、活気がなければ人気もない。
人の手で管理されていない、がっつり天然ものながら、湯加減はジャストで、すこし粘り気のあるお湯質も上上。
見あげれば、開けた夜空、ちょうどてっぺんには半月。
半月を中心にちらばる星を眺めるのは飽きなく、涼しい風が火照った体に快くて、いつまでも湯に浸かっていられそう。
風流だし、開放的だし、誰にも気兼ねしなくていいし、身も心も安らぐしと、至れり尽くせりの穴場の温泉を堪能すれば、サイコパスの勇者の理不尽なふるまいに心乱されるのが、馬鹿らしくなる。
「まあ、なんていうかなあ?
勇者さまが、白魔導師と白熱してプロレスをやれるのも、全滅の危機から、華麗に救ってやった踊り子さまさまのおかげだしい?
『踊り子はパーティーにいらないし、むしろ足引っぱっているんじゃね?』って陰口をたたくヤツいるけどねえ?
陰の功労者なくして、勇者はがんがんセックスして心身の健康を保てないわけよお?」
誰に云うでもなく「お分かりい?」と夜空に向かい笑ってみせる。
あらためて、日中の自分のお手柄を褒めてやりたくなったのだが、ふと不安が頭によぎった。
「クロマドウシクズレが報復してこないだろうな」と。
誘惑の効果がきれたとして、痺れるクロマドウシクズレを「座れ」「待て」くらいしか命令を聞けないイソギンは助けられないはず。
そもそも、自分をコキ使った相手なんか、どうでもよく、植物的な魔物でもあるから、そのうち、関心を失くして去るだろう。
ほかの魔物が見つけても、魔物界では一、二を争うキラワレ者というに、おそらく放置。
クロマドウシクズレが心酔して崇める魔王も「キモイウザイ」とつれないらしいので、おそらく放置。
広い平原に一人、誰からも見て見ぬふりをされ、放置されたままの哀れなざましか思い浮かばない。
とはいえ、死闘を繰りひろげて半日も経っていないなら、警戒するに越したことはないと、魔除けをとろうとした。
魔除けは、畳んだ服の上に。
温泉から、すこし放れたところにあるのを、でも、できるだけ外気に当たりたくなく、下半身を浸したまま、できるだけ背中と片腕を伸ばして。
そのとき。
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