しゃれこうべ

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ハア、ハア……。 ハア、ハア、ハア、ハア、ハア……。 お腹空いた……。 強烈な空腹を感じながら、私は枯れ木のようになった二本の足を、交互に機械的に動かしていた。 もう三日も何も食べてない。 いや、五日だったか……? いや、もう一週間?二週間? もっとずっと長かったかもしれない。 時間の感覚がおかしくなっている。 私の腹は風船みたいに膨れ上がり、頭はツルツルに禿げ上がり、後頭部に無様な縮れ毛をわずかに残すのみ。 まるで幽鬼みたいだ……。 アレ、服は……? 服を着ていない。全くの裸だ。 服はどうしたのだろう? でも、そんなことは気にならないほど、空腹がきつかった。 乾燥した空気が肺に痛い……。 まるで真っ暗な街を、私はどこかに食べるところがないか探し歩いていた。 アッ! 向こうに食堂のような建物がある。 ボロ屋だけれど、きっとあれは食堂だ。 あそこまで歩いて行ければ……。 私は最後の力を振り絞り、やっとのことでそのボロ屋にたどり着いた。 「ごめんクラハイ」 中も暗い。真っ暗だ。でも人の気配がする。 「ごめんクラハイ」 喉から振り絞るようにもう一度言うと、暗闇の中から声が聞こえた。 「何か用かい?」 しわがれたおばあさんの声だった。 一瞬、ギョッとしたが、目が慣れると姿が見えるようになった。 まるで山姥のような、意地の悪そうな、薄汚れたおばあさんだった。 やはりここは食堂だったようだ。四角いテーブルに椅子が置いてあった。 私は席の一つに座って、言った。 「食べ物をクラハイ」 「そこの樽を開けて、好きなものを取りな」 「ありがとう」 私は部屋の隅まで行って、おばあさんに言われたように、そこにあった樽の蓋を開けて、中にあったものを取り出した。 それを元の席まで運ぶと、私の席には何も乗っていない皿があったから、そこに乗せた。 しかし、良く見ると、それは私が期待していたようなものとは違っていた。 「これは何レスか?」 「見りゃ分かるだろ。首だよ」 それは人間の首だった。樽の中には、首がいっぱい入っていたのだ。 「お米をクラハイ」 「首しかあるもんか」 私は仕方なく、首を食べ始めた。 首は食べにくい。 しゃれこうべについたわずかな肉を、こそげ取るようにして窮屈に齧っていく。 う……。 これは……! 私はあることに気づいた。 「これ、僕のお母さんです」 「黙って食べな」 う、うう……。 ううう、ううう……。 涙が溢れてきた。 お母さん、お母さん、お母さん……。 私は涙で塩味のついた、母の首を、嗚咽に咽びながら食べた。 骨に残ったわずかな肉まで全てしゃぶり尽くすと、母は綺麗な白いしゃれこうべになった。 「ありがとう、ごちそうさま」 「持っていきな」 と、おばあさんは言った。 私は母のしゃれこうべを抱えて、店を出た。 私は目から血の涙を流しながら、再び幽鬼のような姿で、ヨタヨタと当てもなく歩いて行った。 どこに行けばいいのだろう。 アッ! あちらがぼんやりと青白く光っているみたいだ。 フラフラと、街灯に引き寄せられる虫のように、私が光に近づいていくと、そこは暗い川だった。 川辺には、一艘の舟があり、若い女の子が一人乗っていた。 私は一瞬、裸を見られた恥ずかしさを感じたが、すぐにそんなことは思わなくてもいいのだ、と思った。 「乗りなさい」 と、女の子は言った。 「六文」 「エッ!お金がいるんデチカ?」 私はどこかに小銭でも持っていないかと探したが、当然のことながらそんなものはどこにもなかった。 代わりに持っているのは、母のしゃれこうべ……。 アッ! ない! 母のしゃれこうべがない! 私はたまらなく悲しくなった。 ウッ、ウッ……。 どこで落としたのだろう……? 店を出たときには、確かにあったはずなのに……。 ああ、お母さん、お母さん……。 なんで落としちゃったんだろう……。 「あんたが自分のことしか考えなかったからよ」 と、女の子は言った。 「早く乗りなさい」 「お金はいいんデチカ?」 「舟が出るから」 私は舟に乗り込んだ。 舟はとうとうと流れる暗い川を、ゆっくりと上流へと進んでいく……。 トウ、トウ。 トウ、トウ、トウ……。 女の子はずっと無言で、舟の行く先を見つめている。 その顔を眺めていると、私はあることに気づいた。 「僕、君のことが好きだったような気がします」 トウ、トウ。 トウ、トウ、トウ……。 女の子は無言だ。 トウ、トウ。 トウ、トウ、トウ……。 舟は進んでいく………………。
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