トゥルー・フラワー

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 魔法植物学者のミリアは友人の勧めで、町に新しくできた酒場にやってきていた。昼間だというのに酒場にはよっぱらいが溢れ、店内は賑やかだ。店内にはカウンターと酒樽、立ち飲み用の背の高いテーブルが数脚並んでいる。ミリアは一番静かそうな入り口のテーブルに席を取った。 「ずいぶんにぎやかね」 と、銀縁眼鏡の奥の目をすがめながらミリアは言う。友人のタニアは四方に跳ねるくせ毛をつまみながら、 「たまにはこういうところに来ないと。ミリアは机の上にかじりついてばかりだもの」 と笑った。 「まあ、いいわ。それで、最近の研究だけど…」 と、ミリアはさっそく近況報告をかねて、最近の魔法植物の研究について切り出した。まだ論文にはしていない段階の研究報告である。  ミリアは同じく魔法植物学者であった父親から、ある魔法花の研究を引き継いでいた。父親は他界している。ミリアが肩から下げたバックからノートを取り出そうとすると、タニアはそれを手で制した。 「あー、また研究の話ね。今日くらいいいじゃない。ほら、見て!奥の席」  ミリアがタニアの指さした方を見ると、一番奥のテーブルに人だかりができていた。一人の男性を取り囲むようにして、女性たちが輪になっている。赤褐色の肌をして、カールした黒髪が印象的な男性は、先ほどから女性に睦言を囁いているようだった。 「かっこよくない?あの男の人。私、声かけてみようかな」 「やめなさい、そんなふしだらな」  ミリアが興味無さげに手元のノートに視線を戻す。タニアが甘えた声でミリアに言った。 「ねぇ、ミリアもかっこいいと思うでしょ?あの人。まつげなんかふさふさしてて、シャツから覗く筋肉もひきしまってるし!」 「生物学的に男性だということ以外、何も思わないわ」 とにべもなくミリアが言い放つ。タニアはがっくりと肩を落とした。 「ちょっと…すこしは浮いた話のひとつくらいないの?お父さんが亡くなって研究に熱が入るのは分かるけど」  と、そのとき黒髪の男性がミリアたちの席へ近づいてきた。片手には酒の注がれたグラスを持っている。男性は慣れた様子でミリアとタニアの間に立った。
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