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奴隷
「ーーさっさと歩け!」
奴隷商人の怒鳴り声に急き立てられ、鎖で繋がれた裸の足を一歩一歩前に進める。
金属の擦れる音が闇の中に重々しく響く。
地面はうっすら白く雪化粧をしていて、吐き出す息も真っ白だった。冬の空気の冷たさで、肌が切りつけられるようだ。
前も後ろも右も左も真っ暗で、唯一見えるのは商人の持つランプのかすかな光と、その光に照らされた前を歩く小さな奴隷の女の子の薄汚れた背中だけ。
丸一日、休憩もなく歩いてきた。足の感覚なんてもうとっくにない。
あっ、と思った瞬間、足が自分のものじゃないかのように動かなくなって、世界がぐるりと反転した。
「何してる! 休むな!」
奴隷商人の怒鳴り声が聞こえる。弾けるような音がして、鞭が身体に振り下ろされる。でも、立とうとする意志に反して体は全く動こうとしない。
しなって飛んでくる鞭を避けるだけの体力も残ってなかった。他の奴隷たちは、助けてくれるどころかこちらに見向きもしない。
当たり前だろう。奴隷たちは皆、そんな安い同情に意味がないのことを知っている。
ーー私だって、そうしてきた。
自分自身が生きのびるのに精一杯だった。
「だめだな、これはもう使いものにならねえ」
奴隷商人は小さく舌打ちをして、起きあがれないでいる私の横腹を蹴り飛ばした。
奴隷は道具。
壊れてしまったものに、用はない。
「おい、邪魔だ。端に寄せろ」
朦朧とする意識のなかで、微かに聞こえた声。
他の奴隷に命じたのだろう。私を拘束していた足の枷がカシャリと音を立てて外れた。ふいに身体が浮き、再び地面に落とされる。
「くそ、予定より遅れてるんだ……おい、何してる! さっさと進めっ!」
苛立ちのこもった声と、無造作に打ち下ろされた鞭の音、少し遅れて暗闇を裂くような高い悲鳴が聞こえてきた。
奴隷の列が遠ざかり、辺りが暗闇に包まれる。
降りしきる雪の中、私の意識は途絶えた。
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