踊るように描き、描くように踊る

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「絶対に秘密にしようと思ったんだけどさ」 ツバメはそう言って、悪戯っぽく笑った。 その言葉と人懐っこい笑い顔に僕は少々狼狽えた。 「…何が?」 「ふふっ。賭けてたの。水島くんが私に話しかけてくれるかどうか」 話しかける? たった今、僕が発した言葉は「次、生物実験室だっけ?」という単なるひとりごとだ。 でも、それより気になったのは、ツバメがなぜそんな意味もない賭けをしたのか?ということ。 「…賭けたって、誰と?」 「誰とでもないよ。私の中で」 ツバメは頰杖に頭の重さ全部を預けるようにして、悪戯を見つけて欲しい子どもみたいな顔で僕を見つめている。 そもそも僕は沈黙が苦痛ではないタイプの人間だ。誰かにつまらない人間だと思われても気にならないし、喋りたいこともたいしてない。 だけど、なぜかツバメの笑顔は僕の重たい口を軽くしてしまった。 「パグ」 僕は呟く。 「え?」 ツバメは頰杖からぴょこんと顔を離した。 「笑うととびきりかわいいパグみたいだ」 「それって、私のこと?褒められてるの?それとも悪口?」 「どっちでもない。ただの描写」 ツバメは「なにそれ⁉︎」とくつくつ笑った。 ツバメの机の上には、生物の教科書ではなく、図書室のバーコードがついた分厚い本が置かれていた。 僕の視線に気づいたツバメは「これ?心理学の本」と、その本の表紙を僕に向けた。 「ふうん」 心理学。 それで人の心が解き明かされるなら、誰でも生きることがうまくなるのに。 ツバメは僕の否定的な気持ちには気づかずに、喋り続けた。 「ミラーリングって聞いたことある?仲の良い人同士は自然と同じタイミングで同じような行動を取るんだって。例えば、カフェで同じタイミングでコーヒーカップを手に取る、とか。それを逆手にとって、仲良くなりたい人の行動を真似すると近づける。そう書いてあって。で」 「で?」 「うちのクラスで一番とっつきにくいのが水島くんだから、結果がわかりやすいと思って、こっそり真似してたの。今日の朝から。ノートを開くタイミングでしょ、席を立つタイミング、それから今も。頰杖ついたり、上履きのかかと踏んだり」 僕は自分が頰杖をついていることも、上履きのかかとを踏んでいることも、ツバメの言葉で知ったくらい無意識だった。 もちろん隣の席のツバメが僕の行動を真似しているなんてちっとも気付かなかった。 「真似したら、ほんとに水島くんが話しかけてくれた。だから、この本の先を読み進める価値あり!」 「僕が話しかけていなかったら?」 正確にはツバメに話しかけたつもりはないんだけど。 「この本を頭の上に乗せて、落とさないように図書室まで返しにいく」 「なんで、わざわざそんなこと」 「だって、その方が楽しいでしょ?ただ返しにいくよりもずっと」 確かにそうかもしれない。 それに…そう言われて気づいた。 ツバメは、一人でいる時もなんだかいつも楽しそうに見えることに。 ひとりぼっちとは違う。 ひとりでも楽しそうなんだ。 自分で自分を楽しませている、そんな感じ。 「読もうかな」 興味なんてないのに、何でこんなことを言ってしまったのか、自分でもわからない。 「え?水島くんが?」 「…そう」 ツバメはくすっと笑って立ち上がり、頭の上に本を乗せた。 「一緒に図書室に行こう!返却期限明日だから一旦返さないと。どうせなら頭に乗せて」 僕は頭に本を乗せて器用に歩くツバメの背中を追った。 僕まで、頭に壊れ物でも乗せているみたいな歩き方になる。 「…すごいバランス感覚」 ツバメは前を向いたまま「ダンスやってるからね」と誇らしげに言った。 「水島くんは、美術部だよね?」 「そう。部室にはほとんど行かないけど。好きなところで描きたいから」 「好きなところ?」 「例えば…屋上とか、琵琶の木の下とか」 「じゃあ、明日の放課後、屋上で!」 頭の上の本を片手で支えてターンしたツバメは、僕に分厚い本を押しつけて、廊下を踊るように走り去って行った。 一方的な約束にも嫌な気持ちにならなかった。 なぜだろう? 僕はその本をツバメみたいに頭に乗せ、片手で支えながら図書室に向かった。 こうしたら、僕も少しは楽しそうに見えるのだろうかと考えながら。   
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