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side夕貴 美貴との約束
もう、この写真は必要ないよね。
コウキとの結婚式の写真を飾った写真立ての裏側をあけた。
あれ?
これ、ここにあったんだ
写真立てを開けると【約束】と書かれた紙が入れられていた。
私は、その紙を取り出して中を確認する。
懐かしい……。
紙を見つめながら、あの日を思い出す。
・
・
・
「夕貴……。もう少し美貴のペースに合わせてあげて」
「美貴のペースに合わせたら、駆けっこも出来ないわ」
「駆けっこなんて、転んで怪我をするだけなんだからやめておきなさい」
「そんな事言っていたら、学校の体育の授業も休まなくちゃないのよ」
「夕貴……。そんな屁理屈を言わないでちょうだい」
美貴が大きくなってから、お母様は私に走るなとか友達と遊びに行くなとか言い始めた。
そして、今日は美貴のペースで遊んであげろと言う。
小学生になった私は、幼稚園の時とは違う人間関係にワクワクしていた。
だから、美貴とずっーーと一緒にいるなんて嫌だった。
美貴は、走るとすぐに咳をするし、少し無理をすれば熱を出す。
それにお母様もお父様も奪ってく。
美貴が入院すれば、「夕貴は大丈夫でしょ」とお母様もお父様も病院の付き添いに言ってしまうのだ。
「お嬢様……。今日は、怒っていますね」
「花井、聞いてくれる?」
「はい。何でしょう?」
私にとって花井は、両親のような存在に近い。
美貴が産まれてから、愛されていないと思っていた私を花井が救ってくれていた。
「お母様が、美貴のペースで遊んでって言うのよ」
「そうでしたか。それは、嫌ですね」
「そうよ!私は、病気じゃないもの。菜穂子ちゃんみたいに縄跳びがしたいわ。お庭だって広いのにお祖父様やお祖母様みたいに家にじっとしてるのは嫌よ」
「確かに、お庭で遊びたいですよね」
「そうなの!だから、美貴のお世話ばっかり嫌なの」
「そうですよね。お嬢様は、すごく頑張ってますよ」
花井は、我慢する私をよく褒めてくれる。
私は、花井に気持ちを伝えるといつもスッキリした。
仕方ない。また、頑張ろうと思えたのだ。
そんな日々を繰り返す中で、私は小学生になり美貴も保育園に行けるようになった。
「コホコホ」
「やっぱり、走ったら行けなかったんじゃない?お母様に言って、明日の保育園はお休みにしたら?」
「やめて、コホコホ」
「どうして?」
美貴は、私を強く制した。
私に強く言ってくる美貴を見たのは、初めてだった。
「私が約束したの。だから、保育園には行く。保育園に行って、桜ちゃんを……コホコホ」
「ほら、やっぱり無理だって」
「無理じゃない。無理じゃないもん」
この時、美貴が何を伝えたかったのはわからない。
だけど、正義感の強い美貴の事だから桜ちゃんを守るって言いたかったのだと思う。
「もう、わかったわよ!だけど、入院とかなったら知らないわよ」
「大丈夫……だから……」
泣きながら訴える美貴の事を止める事は出来なかった。
次の日、何事もなかったように美貴は保育園に言ったのだ。
病弱だと思っていたけれど。
本当は、違うのかも知れない。
少しぐらいの運動は、美貴の体にとっても必要なんだ。
そう自分に言い聞かせる事にして、美貴を見守る事に私は決めた。
ずっと疎ましかったのに……。
保育園に行くと私の後を付きまとわなくなった美貴に腹を立てたりしたのを今でも覚えてる。
「保育園で、風邪をうつされたみたいなの……」
夕食時に現れない美貴を心配したお父様にお母様が話す。
「集団で生活するとそういう事もあるから仕方ない」
「だけど、美貴は体が弱いんです。あの子に、もしもの事があったら」
「母さん、夕貴の前でやめないか。風邪ぐらい今までだってひいた事があるだろ?だから、大丈夫だ」
「そうよね、大丈夫よね」
美貴が保育園に行き出してから、私はお父様からもお母様からも「学校はどう?」と聞かれなくなった。
美貴が産まれてから、二人との唯一の繋がりは、その会話だけだった。
「ご馳走さまでした」
晩御飯を急いで食べた私は、イライラしながら部屋に向かう。
【二人とも、美貴、美貴って何なの。美貴なんか死んじゃえばいいんだ】
口に出すのはいけないと思ったから、心の中で呟いた。
自分の部屋に入ろうとして、美貴の部屋のドアが開いてるのに気づいた。
「お姉様……」
ドアを閉めようとした私に美貴が声をかけてきた。
「気づいたの?」
「見えたから……」
「そう。おやすみ」
「待って……ゼェーゼェー」
「何?」
「これね。ゼェー。保育園でね。ゼェー。覚えて。ゼェー。書いたの」
ゼェーゼェーと苦しそうに息をしながら美貴は、私に手紙を差し出してきた。
「何、これ?」
「私と……ゼェ、ゼェ。お姉様の……ゼェ、ゼェ。約束……」
「約束?」
「守ってね。ゴホゴホ」
「大丈夫?」
「おやすみなさい」
顔色は、青白くて今にも消えちゃいそうなぐらいで。
息するのも、苦しそうで……。
私は、酷い事を言った自分を呪った。
部屋に入って、封筒に大きくひらがなで【やくそく】と書かれた手紙を開いた。
そこには、ひらがながたくさん並んでいる。
習いたてのひらがなは、るやまが反転していて可愛かった。
・
・
・
「何で、ここにいれたのかな?」
久しぶりに美貴からの手紙を開く。
【おねえさまへ】
みきがにゅういんしたらさくらちゃんをまもってください。
みきがにゅういんしてるあいだ、おかあさまやおとうさまにやさしくしてください。
それと、これはうんとおおきくなったときのはなしだけど。
おとなになったらおうじさまをみつけてしあわせなけつこんをしてください。
きょう、ほいくえんで【みっつのやくそく】ってえほんをよみました。
そのえほんのなかで、でてくるまほうのかみにみっつのやくそくをかくとかなうんだって。
だから、みきもおねえさまにみっつのやくそくをかきました。
いつも、みきのわがままにつきあってくれてありがとう。
おかあさまやおとうさまをひとりじめしてごめんなさい。
ずっとずっとだいすきだよ
【みき】
「けつこんって……。間違ってるから……。ひらがなも反転しちゃってるし。ちゃんと小学校に行かなきゃ駄目だったでしょ……」
美貴との約束を守る為に、栄野田の家を出なかったのを思い出した。
幸せな結婚……。
私は、出来たのかな……?
桜ちゃんを守る為に、小学校を留年した。
それからも、桜ちゃんの事は気にかけていた……。
また、こうして再会できたのは美貴が引き合わせてくれたのかな?
手紙を封筒にしまう。
これから、美貴との約束を守るよ。
お母様とお父様に優しくする。
だから、見守っててね。
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