side 陽人② 【過去】

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俺は、自分が幸せな人間だと思っていた。 物心がつく頃までは……。 「陽人は、お兄ちゃん何だから優人(ゆうと)に優しくしなくちゃ駄目だろ?」 「わかった」 「いい子だ」 父は、何かある度にお兄ちゃんなんだから優しくしろと俺に言った。 「いつも、陽人がすみません。注意してるんですけど……」 母は、何でもかんでも俺のせいにした。 「お母さんとお父さんに言ってやるからな」 一つ下の弟の優人は、俺が何か言う度にこう言った。 世の中の人間は、平等に愛せると思って子供を産むけれど……。 正直、俺は平等に愛を与えられている気がしなかった。 と思う気持ちは、年を重ねていく度に大きくなっていった。 それを確信に変えたのは、中学三年の夏。 「夜にギター弾くのやめろよ。近所迷惑だろ?優人」 「うるせーーな。もう、マンションじゃないんだしいいだろ」 「駄目だろ?マンションじゃなくても、音が響くんだから」 「何も期待されてないお前と違って俺は母さんに期待されてるんだよ。お前は、黙ってイヤホンでもしとけ」 「ふざけるなよ!優人」 「残念だけど、お前は愛されてないから。父さんも母さんもいつも言ってるよ。陽人は、頭がよくないからってな」 「ふざけんなよ。今、それ関係あんのかよ」 「殴るなら、親に言いつけるけど?」 「もういい」 さっさとこんな家を出ていきたかった。 幼少期から感じていた愛は平等じゃない、と思っていた気持ちは大きくなる度に、明白になった。 子育てに上手い下手ってのは、きっとある。 父や母は、複数を愛する事が出来ないタイプだ。 「あーー、もう。うるさい」 受験の為に、中学三年になってから毎晩勉強をやってる俺にとって優人のギターの音はだった。 「結局……。また、勉強出来なかった」 目覚めた俺は、机の上にある真っ白なノートを見て呟いた。 「それでも、学校は行かないと行けないんだよな」 伸びをして一階に降りた。 「おはよう」 「おはよう」 誰も俺の顔など見ない。 朝ごはんの目玉焼きは、優人が二枚で俺は一枚。 ウインナーは、優人が三本で俺は一本。 「さっさと食べて。お母さん、今日パートなんだから」 イライラしながら、母親は俺に牛乳を差し出した。 優人には、イライラしない癖に……。 どうやら物心つく前に、俺が何かをやったらしい。 それを根に持ってるようなのは、知っている。 ただ、それが何なのかは知らない。 みんな、朝食を食べていなくなる。 俺は、皿を流しに置いてから二階に行く。 最低限、親としての役目を果たしているから何も言えないし……。 誰にもバレないんだよな。 制服のカッターシャツのピシッとアイロンのあたった襟を触りながら思った。 お小遣いをくれないわけでも、ご飯を食べさせてくれないわけでもない。 ただ、弟が優先なだけだ。 時々、父が出張に行くと母だけになる。 ワンオペになるとそれは尚更酷くなった。 「お兄ちゃんだから待ってて」 「お兄ちゃんだから我慢出来るよね」 「お兄ちゃんなんだから、自分で出来るでしょ?」 お兄ちゃんなんだから……と何度も何度も言われた。 「行ってきます」 玄関を開けて、外に出ると母が近所の人と話をしていた。 「少しだけ、夜のギターの音を小さくしてもらえないかしら?」 「すみません。いつも、陽人に言い聞かせてるんですが……」 「申し訳ないんだけど、うちも老人がいるから……」 「すみません。陽人に言って聞かせます」 「よろしくお願いします」 近所の人が去って行ったのを見届けてから、俺は母に声をかける。 「何で俺のせいなの?俺言ったよね!優人に夜ギター弾くのやめろって毎晩言ってるよね?」 「あんた、そんな事外で言うのやめてよ。恥ずかしい。お兄ちゃんだから、それぐらい我慢しなさい」 母は、イライラしながら箒と塵取りを持って家に入って行った。 何で、俺のせいなんだよ。 納得できないまま、学校に行き。 昼休み仲のいい溝谷駿(みぞやしゅん)に全部話した。 「わかる、わかる。親なんて、そんなもんだから」 「そうなのか?」 「そうだよ。俺も二つ下の妹いるけど……。何かあったらお兄ちゃんなんだからっていうからさ。俺は、お兄ちゃんって名前じゃないってずっと思ってたよ」 「やっぱり、そんなもんなんだな」 「そうそう。だから、期待しない方がいいよ。親なんて都合良く使っとけばいいだけの存在だって」 「そっか……。そんなもんなんだな」 「そうそう」 親なんていない方がよかった。 毒を注入するだけの存在なのだから……。 「まっ、陽人は贅沢だよ。朝御飯もあるし、制服だってピシッっとしてんじゃん。俺の親なんか金だけ置いてるだけだからね」 「駿の方が大変なんだな」 「別に、放置されてる方が楽だよ。昔から、遊びにとかも旅行も連れてってくれなかったから……。共働きで」 「そうだったんだ。俺は、まだ連れてってもらってるだけマシなのかもな。弟に付き添われてるけど」 「マシだよ、マシ。遊びとか旅行に行けるだけマシ」 初めて話した言葉をだと言われた時に、これは話しちゃいけない事なんだと思った。 旅行に行っても、優人中心だけど。 それでも、どっかに連れて行ってくれるだけマシなんだと思う。 駿以外の兄弟がいる同級生にも聞いてみたが……。 みんな「お兄ちゃんなんだから我慢しろ」と言われていると言っていた。 お兄ちゃんだからって、我慢ばっかりさせられなきゃならない事の意味が俺にはずっとわからなかった。 クリスマスや誕生日には、確かに好きな物をくれる。 だけど、それを優人が欲しがれば「お兄ちゃんだから、貸してあげなさい」とか「譲りなさい」と言われた。 兄弟なんかいなければよかったんだ。 だけど、それを誰もわかってくれる人がいなくて……。 同級生の一人っ子が羨ましかった。 比べられる対象が他人じゃなく身内だってのが、本当に辛かった。 「陽人は、お祖母ちゃんに似たんじゃないの。何だか目が細くて私達の子供じゃないみたい。その点、優人なちゃんとお目目があって可愛いわ」 小さい頃から、母は俺の容姿をそう言った。 「あんたにそっくりだよ」 鏡を見る度に、母と似てきた自分に吐きそうになった。 やっぱり……進学はやめよう。 俺は、中学の担任だった塩原(しおばら)先生に話をしに行く。 「で、高校には行かないと?」 「はい」 「親から離れたいから?」 「はい」 「そうか……。ちょっとついてこい」 「何ですか?」 「いいから、いいから」 塩原先生は、俺を連れてどこかに行く。 「俺も、親から逃げたくて中学卒業したら働こうと思ってたんだよ」 「そうなんですか」 「ああ。でも、ある先生に出会って変わったんだよ。その人に山波も会ってみろ」 「それで、今連れてかれてるんですか?」 「まあまあ。ついてこい」 塩原先生が連れてきたのは、市内で一番有名な高校だった。 「親が嫌なら、寮つきの高校もあるんだからさ。俺も、寮つきに行ったから……」 塩原先生は、スリッパに履き替えてどんどんと進んで行く。 「ああ、やってる。やってる」 塩原先生は、嬉しそうに扉を開けて部屋に入る。 「授業じゃないんですか?」 「違う、違う。これは、親が嫌いなやつや親から離れたいやつに向けて、三ツ(みつや)先生がやってる特別授業なんだよ。この話聞いて、先生は納得したから高校にも行って、親からも離れられたんだ。今は、適度な距離を保ててるよ」 塩原先生の言葉に俺は、三ツ谷先生の話を聞く事にした。
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