side 陽人② 【過去】

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「親から無償の愛がもらえると思っているか?」 「はい」 「それはない」 「どうしてですか?愛とは無償じゃないんですか?」 「そう思ってるから、いつまで経ってもお前は傷つくだけなんだ」 三ツ谷先生の言葉に周囲はザワザワとし始める。 「いいか!親から貰える愛は、二種類だ」 「それは、何ですか?」 「それはだな」 三ツ谷先生は、黒板にすらすらと文字を書く。 黒板には、【放任と期待】とデカデカと書かれた。 「いいか。人間が、親から貰える愛は二種類だ。放任と期待のどちらかだけだ」 「どういう意味でしょうか?」 「例えば、あなたの好きにしていい。あなたがやりたいように……。いっけん子供の意見を尊重しているように思うが、実際は違う。こう言われている人達を羨ましいと思うかもしれないがそれも違う。こう言われた子供達は、いずれ手がつけられないモンスターに変わる。自分が世界の中心のように思うんだ。それは、親が全てを許したせいだ。そして、少しでも嫌な事があれば人のせいにする。もしかしたら、重大な犯罪を犯すかも知れない。そうなったら、親達は言うんだ。「うちの子に限って」ってな。自分が与えた放任の愛の存在なんて棚にあげて、私は悪くないと思うのだ」 「三ツ谷先生、それは極論過ぎないでしょうか?」 「極論か……。世の中なんて、極論で成り立っているようなもんだ。白か黒じゃないグレーもあるなんて奴もいるが、それはおかしい。そんなものがあるなら、弁護士は必要か?警察はいるのか?グレーがあるなら、犯罪者は逮捕されないのではないか……。極論を言えば、それまでかもしれない。だけど、今のお前達に必要なのは極論だ」 何故だろう。 三ツ谷先生の言葉は、不思議と心の中に落ちていく。 「そして、もう一つが期待だ。幸せになっていて欲しい、生きていて欲しい、優しくなって欲しい。これら全てが期待だ。何も頭が良くなって欲しい。スポーツが出来るようになって欲しいって事ばかりじゃない。期待をされ続けた子供は、いつかどこかで疲れてしまう。頑張っても、頑張っても報われない。自分は、駄目な人間だと思う。大半の親が、こっち側だろう」 「その子供達の末路は何ですか?」 「末路は、様々だろうな。プレッシャーに耐えられなくなり自らを殺すやつもいるだろう。逆に、誰かを殺してしまうやつもいるだろう。殺さなくても、他人を貶めて自分が優位に立とうとするやつもいるだろう。自分の親のようになりたいと頑張るやつもいるだろう」 「それじゃあ、僕達は期待をされ続けているのですね」 「そうだ。生きていて欲しいという気持ちだって親のエゴなのだ。考えてみろ、毎日死にたいと考えている人間に生きていて欲しいと言ったらどうなる?それは、プレッシャーにならないか?期待されている答えなくちゃ……。余計に苦しくて死にたくなる。悪循環の繰り返しだ」 「確かに……。そうですね」 「いいか。知恵を持った私達人間に、無償の愛など存在しない。もし、存在するなら世の中に孤児は一人もいないし、誰かが誰かを比べる事もしない。「うちの子の方が可愛いやかっこいい」などと思う事すらないのだ」 「だったら、三ツ谷先生。私達は、無償の愛を抱けないと言うことですか?」 「抱けない」 三ツ谷先生は、ハッキリと断言した。 俺は、驚きながらも納得した。 人間には、無償の愛など存在しない。 例え、誰かがそれを極論だと言ったとしても俺は三ツ谷先生の言葉を信じる。 「それは、何故ですか?」 「それは、神様が与えてくれた能力だからだ。私達は、優れた遺伝子を探し当てる頭脳を授けてもらった。その代償として私達は、無償で誰かを愛する事をやめたのだ」 無償の愛の存在を信じていた人達は、ガッカリと肩を落としている。 俺は、ガッカリとはしなかった。 むしろ、知れてよかったと思えていた。 「だから、平等の愛など存在しない。兄弟や姉妹であっても比べられるのだ。それは、人間がより強くより優秀な遺伝子を次の世に残していきたいと思うから。だから、比べられるのは当たり前な事。君達の親もその親達もまた比べられてきたのだ。それを否定する君達は、間違っている。比べる親を否定したり、腹を立ててはいけない。選ばれたいのなら、優秀な遺伝子であると証明すればいいだけの事」 「認められなくて辛くても頑張れと三ツ谷先生は言うのですか?」 「私は、そんな事一つも言っていない。認められたいなら、しがみつけばいい。しかし、世の中に大人はどれだけいる?例え、親じゃなくても彼等が認めてくれるだけでいいのではないのか?」 三ツ谷先生の言葉に数人の生徒がハッとした表情をする。 確かに、世の中にたくさんの大人がいる。 俺の隣で笑っている塩原先生だって大人だ。 親にわかってもらわなくても、他の人が認めてくれる……。 「でも、子育てが上手い人だっているじゃないですか」 「子育てが上手いか……。それは、違う。子育てが上手い人は、知っているだけだ」 「知っているですか?」 三ツ谷先生は、ニコニコと笑いながら頷いた。 「それは、何ですか?」 「子育てが上手い人は、知っている。子供がいかに残酷な生き物か……。そして、大人である自分達がどれだけいい加減な存在なのかを……」 「どういう意味ですか?」 「子供っていう生き物はね。見たまま、聞いたままをありのまま話すんだよ。そこに、誰かを気にかける思いやりも優しさも存在しない。ただ、自分が思った事、感じた事を言うだけだ。そうだな……。 君の親が吸っているタバコの匂いが服に染み付いて匂っているのを君は気づいていないだろう?」 「はい」 「大人は、優しさや思いやりを持っているから言わない。だけど、子供なら言うだろう。「君は臭い」と……。それが、大人と子供の差だ。大人であっても、子供みたいな人間は平気で言うんだよ。それを誰も止めない。その代わり、みんな離れていくんだ。何も言わずに黙って……。子供には、必要のないデリカシーも大人は持っていなくちゃいけないという事だ」 「それを知っているから、子育てが上手いと……?」 「いや、これだけを知っていても上手くはない」 三ツ谷先生は、教室に座る生徒達一人ずつを見つめる。 「もう一つ知っていなければならないのは、大人がいい加減だという事だ」 「いい加減ですか?」 「そうだ。私達は、大きくなっていく過程で親や周囲からを教えられる。ただ、それらは誰かのモノサシで図ったいい加減なものが多い。例えば、「髪の毛を染めているやつと付き合うな!」と言われたとする。当然、私は「どうしてか」と親に聞くだろう。すると、親は「髪の毛を染めている人間にろくなやつはいない」と答える。それは、ただの親の価値観ではないか?じゃあ、白髪染めをしている人は産まれた時から染まっていたやつは?その疑問を親にぶつければ、「ふざけるな!屁理屈を言うな」と怒鳴られるのだ。それが、大人だとわかっているだけでいい」 「大人は、モノサシを押し付けてくるという事ですか?」 「そうだ。大人は、常識や知識を押し付けてくる存在だ。それを違うと言えば怒るようないい加減な生き物だ。いずれ、君達も大人になればわかる。必死で覚えたを間違えていると言われると腹が立つのだ。自分より全然生きていないようなに間違っていると言われると腹が立つのだ。そんないい加減な生き物がだ」 「三ツ谷先生もいい加減だという事ですか?」 「私もいい加減な生き物だ。それにな、責任はおいたくないし、色んな事に関わりたくないし、問題が起きるのも嫌いだ。大人になるとばかりするようになるんだ。だって、ズルばかりする方が生きやすいから……。子供達は、一生懸命頭を使って悩ませる問題も金を払ったり誰かをコントロールする事で解決しようとするんだ。その方が楽だからだ」 三ツ谷先生の言葉は、みんなの心に響いているようだった。 「君達が間違っている、違うと口に出せる世界が必ず存在する。社会に出れば気づく。大人は、いい加減なやつばかりだと……。無理して、大人になる必要はない。ゆっくり進めばいいだけだ」 キーンコーンカーンコーン 「それじゃあ、今日はここまでだ」 「三ツ谷先生、また授業をお願いします」 「はい。お疲れさま」 「ありがとうございました」 チャイムが鳴ると生徒達は、足早に教室を出て行った。 「あれ?塩原じゃないか!元気でやってるのか?」 「はい。元気ですよ」 「で、彼は?」 「彼は、俺の生徒です」 「そうか、そうか。塩原も立派な先生だな」 「はい。あの日、三ツ谷先生の言葉を聞いたお陰です」 「たまたま、坂村に特別授業をしている時に塩原が来たんだよな。あの時、塩原は高校の見学に来てたんだったな」 「はい。夏休みで誰もいないはずはのに声が聞こえてきて。教室を覗くと三ツ谷先生がいました。今も、まだやっておられるのを聞いたんです」 「ああ。やってるよ!親に見捨てられた子、重圧に耐えられなくなった子、死にたいと話す子に向けてな」 「三ツ谷先生は、絶対にと言わなかったですもんね」 「頑張ってる子達に何を頑張らす必要がある。生きてるのだって、そうだ。目覚める度にを感じる子供に生きろと言えないよ」 塩原先生が三ツ谷先生を見つめる眼差しは、尊敬そのものだ。 「時代は、変わっても。子供達の悩みは何も変わらない。だから、こそ。私は、私が生きて得た知識を彼等に与えてあげたいんだ」 「三ツ谷先生は、昔、おっしゃいましたよね。お父さんが、「動物を好きな人間に悪い人はいない」と言ったけど違ったって」 「ああ。それがきっかけだったんだよ。この授業は……」 「その話、もう一度聞かせてください」 「構わない」 三ツ谷先生は、椅子を引いて座る。 俺達も同じように座った。 「私の父親がね。動物が好きな人に悪い人間はいないと自信満々に言うもんだから……。私も疑わなかった。だから、大学に入り、少し苦手だと思った丸崎君と仲良くなった。彼は、猫を飼っていたからね。悪い人間ではないと勝手に頭で思い込んでいたんだ。それから、半年が経った頃、丸崎君の家に行くと……。ストレスだろうか?至るところがハゲになった猫が出迎えてくれた。丸崎君は、自分のいないストレスだと私に言った。その日の夜、酔っ払った私は丸崎君の家に泊まった。そして、夜中に変な音がして目が覚めてしまったんだ。フギャ、ウギャ、ギギッと言う声が聞こえてきて私はゆっくりと目を開けた。そこにいた丸崎君は、猫の耳を引っ張ったり顔を押さえつけたり首を締めたりしていたよ。私は、父の言葉より自分の直感を信じればよかったと酷く後悔した」 「それで、この授業を始めようと思ったんですか?」 「忘れていた話をある生徒が思い出させたくれたんだ。それで、始めようと決めたんだ。親が正しいわけじゃないって、教えてあげたくてな」 「俺も、今日……。彼に教えてあげたくなったんです」 「そうか!立派になったな。塩原」 「はい、先生」 塩原先生は、まるで子供のようだった。 「山波……どうだった?」 「何か、すごい話だなって思いました」 「そうだよな!俺も、最初聞いた時はそう思ったよ。でも、大人になってわかったんだ。あの日、三ツ谷先生が話してくれた通りだったって。だから、山波。大人になるのは、ゆっくりがいいぞ!中学卒業してすぐになんてなるな」 塩原先生が撫でてくれた手は、暖かかった。 俺は、変われる。 そう思えたし……。 支配から、逃れられる。 そう思ってたんだけど……。 結婚っていうシステムが、俺をあの人達の元に引き合わせた。
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