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「あの頃……大学を出て三年目の頃ですかね、私は志帆さんとつきあっていました。そうですね、それこそ、その頃はシステムエンジニアでした」
「その頃、私の父は仕事がうまくいっていなかったと聞きました」
拓真さんは頷いた。
「僕も当時、何度か会いましたが、会う度にやつれていました。克樹は強気に『大丈夫だ』と言ってましたけどね」
懐かしそうに語る彼に「いまも強気です」と言うと「それはよかった」とまた木漏れ日の笑顔を見せた。
「そんな時、私は、彼女の中にまだ克樹への思いが残っているのではと思いました。だから言ったんです。『もう一度、彼に会ってきたらいい。いまの克樹を助けるぐらい構わない。もし戻ってきてくれるなら、一緒に暮らそう。もし克樹を選んでも僕は恨まない』と」
その話を聞いて、拓真さんは優しい人なんだろうと思った。
父への思いが燻る母に、父か自分かを選ばせたのだから。しかし、
「僕はひどい男です」
彼の考えは異なった。
「あんなに思い焦がれていた克樹への思いを振り切るまでの彼女の葛藤の時間を、僕は踏みにじったんです。やっと僕に振り向いてくれたというのに、肝心の僕が心のどこかで彼女を信じ切れなかった。まだ彼を好きな思いがあるのではないかと」
母はどういう思いで父のもとへ行ったのか。踏ん切りをつけるためなのか、それとも――、ケーキの味がわからなくなった。
まだ、聞かれますか? という彼の問いに私は頷き、フォークをお皿に置いた。
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