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風上
ある日突然、同級生に地元まで来い、と呼び出された。お互い、ずっと連絡をとっていなかったのに、久しぶり、という挨拶すらない。
「交通費は出す。だから明日こっちまで来てほしい。」
最後に話した時と何も変わっていない、いつもと同じように、絵文字も何もない簡素な文面で送りつけられたメッセージ。これに少々どころではない苛立ちを覚えるが、そういえばこんなやつだ、と私は思い出す。神経が図太いというか、豪快というか。細かいことは気にしないが、細かすぎるところを気にするような。とにかく面倒臭い、そんな人間であった。
「何時に行けばいい」
私もその同級生に、名は千倻というのだが、彼女と似たようにそっけない文面を送りつけた。どうせ予定を聞けと文句を言ったところで、千倻は無視して好き勝手に話を進めるに違いない。そうわかりきっているから、指摘はしないでおく。
意外にも彼女の返信は早く、こう返ってきた。
「11時に駅に来て。海が綺麗だから。」
なんの脈絡もなく出された「海」というワー
ドに私は反応する。そういえば彼女の家の近くには海があった。港ではなく、夏になれば皆が泳ぎにくるような浜辺のある町。いつか写真を見せてもらったが、南の島でもなんでもないのに綺麗な海だと思っていた。海には久しぶりに行ってみたかったから、千倻に言ってやろうと思っていた文句がいくつかあったが、その場ではそれ以上は追求せずに会話を終わらせる。それから、夜にやろうと思って後回しにしていた課題には一切手をつけず、早々に布団にもぐった。
いつもよりも早く起きて、用意された朝食をすぐに平らげ、母が仕入れてくる「隣の佐々木さんとこの芽里ちゃんが受験終わった」とか「鈴木さん、最近お孫さんができたんだって」という私に少しぐらいしか関係のない、近所の噂話を適当に聞き流する。言うことを聞いてくれない寝癖を無理矢理編み込んで誤魔化し、鞄に財布と定期を詰め込む、いつもよりもほんの少しだけ慌ただしい朝を過ごしてから、こうして今電車の中にいるというわけだ。
千倻の最寄り駅は特急だと通り過ぎてしまう。だから普段は乗り換えて行くのだが、乗り過ごしたことが何度かあるから、今日は時間も余裕があることだし、鈍行で揺られながら行くことにした。窓から見える景色をぼんやりと眺めながら、千倻との過去のやりとりを思い出す。
2人であてもなく町を歩いて、気がついたら見たことがない場所にいたこと。映画の結末に納得がいかなくて、喫茶店で語り合ったこと。千倻との思い出を辿っている途中、ふと気がつくと、目の前の乗客の7割が入れ替わっていた。
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