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あやりょ『障壁』
「支配人、すみません、すぐフロントまで来てもらえませんか」
トランシーバーから聞こえるアルバイトスタッフの声は緊迫していた。その短い言葉だけで、今どれだけ危機が迫っているのかを察することが出来るほどに。
事務所で書きものの仕事をしていた支配人はすぐさま席を立ち、風のように部屋から出た。向かう先はもちろんフロント。
ここはオープンから一年半という真新しいリゾートホテル。支配人という立場で、立ち上げから携わってきた。スタッフも、オープンから続いて働いている者が多い。「責任者出てこい」と言われたら出ていく立場の人間である支配人は、スタッフには「トラブルになりそうなときは、遠慮せずすぐにこちらに回すように」と日頃から声掛けしているが、幸いにもそんな事例はこれまでなかった。
フロントに着くと、男が大きな声でスタッフを罵倒していた。二人の間に割って入り、努めて穏やかな声色で事情を尋ねる。
男の言い分はお前んとこのスタッフはどういう教育しとんねんだのメンツ潰す気かだの感情的なだけで説明にもなっておらず、何が起こったのかなど到底わかるはずもなかった。それでも支配人は真摯な表情で頷きながら傾聴した。そのことで少しだけ男の溜飲が下がったのを確認すると、次はスタッフに話を聴く。
男はホームページから宿泊予約を行ったらしいが、ネットからの予約は、画面を最後まで操作しないと予約が確定されない。その操作を途中でやめてしまったため、予約が取れていないまま来館してしまったようだ。この日は運悪く満室で、急遽部屋を用意することも出来ない。そのことを丁重に説明したのだが周囲の手前か自分の非を認めず、怒鳴り暴れ散らかし、「上のもん出せ!」の決まり文句で支配人の登場と相成ったわけだ。
「こら!客ほったらかしていつまでひそひそ喋っとんねん!なめとんかワレ!」
スタッフと話し込んでいる間に再燃した男がカウンターをを激しく叩いた。対応した本人および周囲のスタッフ、そして宿泊客にも、表情からは恐怖と疲弊が読み取れた。
支配人は男を心の底から軽蔑し、しょうもない仕事に辟易としながらも、表にはおくびにも出さず対応を続ける。
「お客様のこれまでの行為は、脅迫罪・威力業務妨害罪にあたると理解しております。これ以上続けられるようでしたら、不本意ながら通報を」
「お、脅す気か?客を犯罪者扱いすんのか?さすが責任者まで腐っとんなあ、あ?」
支配人が胸ぐらを掴まれたところで、フロントの中にいたスタッフが警察を呼んだ。
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