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夕ご飯
悟は赤ん坊のころは母乳やミルクで普通に育っていた。
ただ、離乳食の頃からだんだんと偏食が激しくなり、歯も生えそろったある日、母親に今日の様に噛みついた。
まだ、小さかったので、母親は慌てて悟の口を開き、無理やり腕からはがした。
悟はこれまでにないほどうれしそうな顔で、母親の血を小さな舌で舐めていた。
その夜、悟の父親にそのことを話すと父親はがっくりと肩を落として言った。
「あぁ、遺伝しちまったのか。」
「え?何のこと?」
「俺の親父がそうだったんだ。」
「そうだったって?」
「人の肉が好きなんだ。というか、他の物は食べてももどしちまう。水分はなんとか摂れるが、固形物は人の肉以外食べられないんだ。俺は大丈夫だったけど、男の子だけに時々現れるんだよ。」
悟の離乳食の段階で何とかならないものかと母親は色々試してみた。
肉ならば何でも用意した。飼育されたものではなく、熊や鹿などのジビエも試してみた。
だが、考えてみれば人間はどちらかと言えば飼育された肉ではないか。
悟は常にお腹を空かせて泣いてばかりいる。固形物はことごとくすぐに戻してしまう。
母親は、しかたなく栄養を取らせるためにミルクでごまかす。
ある日、母親はあまりにやせ衰えて可哀そうな我が子を見て、自分の太腿に思い切って包丁を立てた。鋭い痛みが走ったが、少しだけ肉を切り取って、止血をした。
その肉をフライパンで焼いていると、悟は泣き止み、母親のそばにやってきた。
少量の肉はすぐに焼けた。
味付けはどうしようと悩んでは見たが、人肉の味付けなど考え付かない。
悟の離乳食用の皿に、焼けた自分の太腿の肉を乗せる。
その前に座った悟はこれまでに見た事の無い笑顔で、肉を手に取り口に運ぶ。
じっくりと時間をかけて美味しそうによく咀嚼するとゴクリと喉を鳴らして飲み込んだ。
その日の夜、母親は父親に聞いた。
「ねぇ、あなたのお父様はどうやって食事を手に入れていたの?」
「あぁ、俺の田舎ってものすごく田舎だろ?親父の小さい頃はまだ土葬だったんだよ。だから、こっそり片足だけとか持って帰ってすこしずつ食べていたみたいだ。残りは氷室に入れたり、干し肉にしたりして。
でも、火葬が進んでからは苦労していたな。河原に住み着いていたホームレスを狩ったり、家族が亡くなった時に火葬するふりをして火葬場に行っていなかったりな。その頃はもう冷凍技術が進んでいたからな。」
「今日、悟に私の腿の肉をあげたわ。美味しそうに食べた。でもね、悟も鶏肉だったら少しだけど戻さずに食べられるのよ。でも、ほんの少しだけ。とても育っていく栄養にはならないわ。それに人間が人間を食べると奇病を発症するって聞いたことがあるけど。」
「おいおい、自分を切り刻んでいったらだめだぞ。病気に関しては親父は大丈夫だったな。もともと遺伝子が違うんじゃないか?
悟はいっそのこと、このまま衰弱死しても仕方がないと俺は思ってしまうよ。」
父親はそう言ったが、母親は自分の産んだ子供を餓死させることは選べなかった。
両親は闇サイトを探し回って、人身売買をしている組織を探り当てた。その時々で出回っている商品は違ったが、できるだけ大きい商品を探して買った。その時には殺して血抜きしてもらうことを条件に入れた。でも、大抵人身売買されているのは子供なので、冷凍して大切に食べさせても、肉はすぐに終わってしまうのだ。
さて、幼稚園で先生の腕を噛んでしまう程おなかがすいていた悟の夕食は、ハンバーグだった。
そろそろ買った肉は終わりに近づいていて、色々な部位を切り取った後のくず肉を包丁でたたいて、血で固めたものを焼くのだ。
味付けは悟には必要がなかった。
美味しそうに口から血を滴らせながら人肉を食べる悟。
父親は悟の食餌を手に入れる為、闇サイトに支払うお金を稼ぐために懸命に働いた。
母親は悟のこの遺伝が世間に漏れないように必死で守った。
毎食は食べさせられないので、少量の鶏肉を朝晩になんとか食べられるだけ食べさせて、夕食にだけ人肉を出す。
だが、成長期にかかっている悟は最近では夕食が待てず、幼稚園から帰るとすぐに人肉を食べていた。
父方の家は理解を示してくれて、父方の家族が亡くなった時には新鮮なうちに悟の為に肉を送ってくれた。
とはいえ、そう何人も立て続けに亡くなるわけもない。
悟は皆の努力で、人喰いという事もばれずに青年へと成長した。
そのころから悟は自力で食べ物を手にするようになっていた。
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