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何処に向かっているのかもわからないまま、俺たちはただ並んで歩いていた。 馬鹿正直に、圭人に付いて行かなくたっていいはずなのに。 自然と体は歩幅を合わせてしまう。 「なんで、来たんだよ」 「浮気者が無視するから、会いに来た」 「……さっきまで、元カノといたくせに」 何を考えているのかわからない親友にそう吐き捨てると、対照的に圭人は俺をじぃっと見ながら、にこやかな表情をしていた。 なに、笑ってんだよ。 人のこと散々振り回しておいて、心の中にずかずか入り込んできて。 俺を、こんなに苦しめて、気づきたくもなかった気持ち引きずり出しておいて、なんで。 「やっぱ、帰る」 駅がどこかもわからないのに、俺は踵を返し、元来た道を歩き出した。 すかさず圭人が「待ってよ」と俺の腕を掴む。 たったそれだけで、久々に触れた親友の体温にまた流されてしまいそうで、咄嗟にその腕を振りほどいた。 「……っお前とは、しばらく会わない!」 カッとして、無意識に声を荒げてしまう。 本当は、出張お疲れって言ってやりたいのに。 土産話でも聴きながら、ただ一緒にだらだらと帰りたいのに。 親友の春を素直に喜んで、応援してやりたいのに。 なんで、思いとは反対の言動ばかりしてしまうんだろう。 俺が、友達で居たいって、自分で願ったのに。 「それ、本気で言ってる?」 圭人は、目を丸くして、少し震える声で口にした。 下唇を噛み締め、両手にはぎゅっと力が込められている。 普段は感情を表に出すことをあまりしない圭人から、怒りがはっきりと感じ取れて、背筋が少し寒くなった。 「っい、た……!」 そのまま黙って、圭人は俺の腕を再度捉える。 今度は振りほどかれないように、痛いくらいに強く。 「やめろ、離せ」 「無理」 「どこ、いく気だよ」 「ホテル」 「……っ!」 嫌だ、と心の底から思った。胃の中がぐっと押し上がって、嫌な汗が吹き出る感覚に、俺は思わず自身の口を押さえた。 友達とホテルに行くことが、ではない。 さっきまで一緒にいたであろう自分以外の別の相手と、同じ扱いを受けることがとても嫌なのだと、気づいてまた自分自身に嫌気がさした。 「……っ本当、無理だって!」 俺の顔を見ることもなく、圭人は歩き続ける。 心臓がきゅっと縮んでいくような感覚に襲われた。 これ以上、傷つきたくないと、本能で恐怖している。 こわばる身体で抵抗をしているうちに、ポツポツと雨が降り始めた。 あっという間に勢いを増したそれは、容赦無く俺たちに降りかかる。 「散々受け入れておいて、今更何言ってんの」 「な……」 「だってどうせ、塁はベットいけば、流されるでしょ」 圭人が冷たく言い放った言葉が、たまらなく胸に突き刺さって、深く、深く傷を抉った。 バカみたいだ。結局俺はずっと振り回されるだけ。 流されやすい俺を、簡単に丸め込める俺のことを、そんな風にずっと嘲笑ってたのかよ。 圭人が、俺に手なんて出さなければ、好きだなんて言わなければこんなことにならなかった。 いや、俺が、冗談なんて口走らなければよかったんだ そうすれば、自分が知らない、脆弱で身勝手な自分を自覚することもなかった。 「あー……っもう!訳わかんねーよッ!お前、相手できたんだろ!」 感情を吐き出しながら、気がつけば、両目からはぼろぼろと涙が溢れ出していた。 この土砂降りの雨で、すぐに流されて、ごまかせるのだけが救いだった。 だって、圭人の「好き」が自分だけのものじゃなくなったから泣いてるなんて知ったら、お前はきっと困るだろ? 「俺とお前はただの友達なんだよ……だから、」 圭人の吐いた嘘の真実を知ったあの時、胸が苦しかったのは、騙されていたからじゃない。 隣にいると安心して、楽しくて、自分の世界の中心とさえ思うほど大切な存在が、自分の手の届かないどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって。 誰かに取られてしまうんじゃないかって、怖かったんだ。 今、こんな最悪なタイミングで、はっきりと自分の気持ちに気がついてしまった。 隣にいるのは、圭人がいいって。 圭人の隣にいるのは、俺じゃなきゃ嫌だって。 「もう、俺に構うなよ……」 だから俺は慌てて、その真実に蓋をするんだ。 圭人のために、そして自分のために。 「……ダメだ、限界」 篠突く雨の中、いつの間にかその歩みを止めていた親友がポツリと呟いた。 俺の腕を握るその掌から、微かに震えが伝わる。 振り向いて俺の顔を覗き込む圭人の表情は、痛苦の色を滲ませて、訴える。 「なんで、こんなに好きだって言ってるのに、わかんないかな」 力一杯俺の身体を引き寄せ、肩にもたれかかるように顔を埋める圭人は、まるで嗚咽をこらえているように見えた。 「塁に会えなくて、連絡も取れないし、どれだけ不安だったと思ってんだよ……ッ他の人間なんか、見る暇ない」 「――ッ!」 こんなに取り乱し、怒りをあらわにする親友の姿は、初めて見る。 遅れて、俺が、そうさせたのだと理解して、心苦しさと同時に、わずかに気持ちが高揚した。 「もう、塁が折れるのを気長に待つ自信、俺にはない」 圭人が自分に溺れているのだと感じて、のぼせ上がる自身の愚かさを非難する余裕は、今はない。 「お願いだから友達としてじゃなくて、俺自身を見て、塁」 俺の大切な友達は、顔が良くて仕事だってできて、普通に過ごしているだけで順風満帆な生活が送れると思っていた。 大切な友人には、男の俺なんかじゃなくて、可愛い女の子と普通に幸せになって欲しかった。 そうすれば、俺と圭人はずっと友達でいられると思っていたから。 でも、そんな取ってつけた一般論や理想なんて簡単に剥がれ落ちた。 だって俺は、友達でも恋人でもなんだっていいから、圭人の隣を誰にも譲りたくないんだって、自覚してしまったから。 「……今更、だろ」 もう、嫌って程お前のこと、見てるよ。 全部お前のせいだ、バカ。
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