18

1/1
前へ
/21ページ
次へ

18

「百合さんの家、ホテル街抜けたとこにあるんだ」 圭人はバスタオルで濡れた身体をわしわしと拭いながら言った。 結局、雨も止む気配がなく、ずぶ濡れだった俺たちは一番近くにあったホテルに入っていた。 男同士でも、案外すんなりと通してくれたことには少々驚いたが。 「送ってただけだから、ホテルには行ってないし……そもそも今好きな人いるって言ってるから、安心して」 「あ、そう、ですか……」 俺は感情を露わにして取り乱してしまった気恥ずかしさで、圭人と目を合わせることができないでいた。 付き合ってもないのに、安心しろってどういうことだよと、少し前の俺なら確実に言っていた。 だけど今、本当にホッとしている自分はそれについては何も触れられない。 (ていうか本当に、おれ、こいつのこと特別に思ってんだな……) 思えば、最初から圭人にされて嫌なことなどなかった。 この感情が、好きとか、付き合うとかにつながるのかはまだ、いまいちわかっていないけど。 「ね、風邪引くからとりあえずシャワー浴びません?」 「っえ、あ……さ、先入っていいよ」 「ダメだよ、俺待ってる間身体冷えちゃうでしょ、一緒に」 「……っ」 ベットルームへ逃げようとした俺の肩に圭人の掌が触れると、無意識に体がビクンと揺れた。 「あは、緊張してる?」 「っし、してない」 「あの塁が、こんなに俺のこと意識してくれるなんて、嬉しいな」 する、と肩から伸びた手が、首筋から顎にかけて肌の感触を確かめるようにゆっくりとなぞっていく。 「っん……」 圭人の熱がくすぐったくて、吐息がひとりでに漏れた。 「大丈夫、そんなに警戒しなくても。まだちょっかいかけたりしないから。風呂が先決」 くすくすと笑うその声には、喜びの感情が乗っていた。 「狭くないっすか」 「狭いけど……まあ、大丈夫」 温かいお湯が張られた浴槽に、男二人で横並びに座る。 肩が触れるが、なんとかギリギリ二人で入れる広さだ。 圭人は宣言通り、裸の俺が同じ空間にいても手を出してくることはなかった。 俺も妙に意識して、なるべく圭人の身体を見ないように努めていると、突如伸びてきた腕が、俺の頭にポンと、落ちた。 「良かった。塁が隣にいる」 「いるだろ、そりゃ……」 「会えなくて、不安でしたよ」 「お前が出張行ってたからだろ」 「その間に誰かさんは連絡も無視だった」 「……っそれは、ごめん」 一人で勘違いして暴走した申し訳なさといたたまれなさで、自身の膝を抱きうずくまった。 圭人の気持ちと、自分の本当の感情に向き合うのが怖かったから、だなんて、気恥ずかしくて言えない。 20歳にもなって、まるで小学生の初恋みたいにめまぐるしく心が振り回されるなんて、想像すらできなかったから。 「ねぇ、塁」 「何……?」 「もう、浮気しないでね」 何もない白い壁を見ながら、圭人は茶化すように、度々口にしていた言葉をつぶやく。 その問いかけに、俺の頭の中にはある疑問が浮かび、黙って思考を巡らせていた。 「あれ……塁さん?」 なんの反応も示さない俺に、圭人は少しだけ焦ったようにこちらに視線を送った。 ふいに、俺はまとまらなかった解釈を、圭人にそのまま投げかけてみた。 「あのさ……今日のって、浮気に入んの?」 「は……?」 ぽかんと、口を開け目を見開いたまま固まる圭人。 「いや、俺、合コンなんて今日初めて行ったから、正直そういうのよくわかんないし」 「え……待って、それって、どういう意味で言ってる?」 「圭人が嫌なら、もう行かないけど……っていう意味で、聞いた」 「いや、そうじゃなくて」と、圭人は珍しく余裕の無さそうな様子だった。 なんか、俺、変なこと言ったか? 「もしかして、酔ってる?」 「酒は少し飲んだけど……もう抜けたよ、多分」 「じゃあ、本心で言ってるって、ことでいいんだよね」 「そうだけど……さっきからどうした?」 「それはこっちのセリフなんだけど……っああ、もういいや」 俺の頬を両手で捕まえると、ただでさえ近い距離をさらに詰めてきた。 キスするんだな、と察知して、俺は目を閉じる。 「っん、ぅ……」 「塁……っ」 くちゅ、と唇を割って入ってきた圭人の舌を受け入れるように、自身のそれを絡めた。 圭人の気持ちに呼応するように、自分も肩にそっと触れた。 「……ッ!」 ちゅぷ、ちゅく、と浴室に響き渡る水音がやけに脳を刺激する。 一週間ぶりの感触と体温が心地よくて、ひどく安心する俺に相反するように、圭人は慌てて俺の身体を引き剥がした。 「け、いと?」 「手、出すつもりじゃなかったのに」 顔全体を赤く染めた圭人は、目をそらしながら勢いよく浴槽から立ち上がった。 じゃばっ!と顔に水が掛かり、視界が奪われる。 「先上がるから。塁はもう少しあったまってから来て」 「え?ああ、うん」 目をゴシゴシと手の甲で拭っている間に、圭人はパタパタと浴室から出て行ってしまった。どうやら風呂の熱のせいではなさそう。 これまで散々ぐいぐい距離を詰めてきたくせに、純情少年のような反応を示すのは、可愛らしくもあった。 律儀に自分の発言の責任を取ろうとしているのもまた、なんだか微笑ましくて無意識に頬が緩む。 こういう行為が気恥ずかしいことに変わりはないけど、圭人に触れるのも求められるのも、好きなんだなと、ストン、と自分の胸に落ちた気がした。 友達とはこんなことしないって、今まで頑なに認めたくなかったけど。 飲み込んでしまえば、不思議ともう怖くなかった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

466人が本棚に入れています
本棚に追加