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頭が、痛い。 身体が怠い。そして重い。 (確か、昨日、調子乗って慣れない酒いっぱい飲んで、それで……) うう、と声を漏らし身体を捻ると、腕がコツ、と何かにぶつかった。 眠たい目を無理やり開けると、目の前には、昨日自分がしでかした失態を、無慈悲にも思い起こす象徴が居た。 「はよっす、塁」 いつもどおりのクールな表情、なのに、少しだけ嬉しそうに目を細め、こちらをじっと見つめる親友の姿だ。 すでに起きていたのであろう彼は、ワイシャツに身を包みベッドの縁で頬杖を付いていた。 「……どわっ!」 その顔を見た瞬間、昨日の記憶が断片的に蘇った。だがはっきりと、決定的でショッキングな瞬間を覚えている。 昨日、俺はこいつに襲われて、キスをされて。押し倒されて、それから…… 「へ、へんたい……っ!」 身の危険を感じ飛び起きた俺は、ベットの端へと急いで逃げた。 「何がよ」 「お、おれ、俺の処女、奪っただろ……っ」 「塁が良いって言ったんだよ」 「じょっ、冗談に決まってるだろバカ!」 動揺することもなく淡々と述べる圭人は、その場で猫のようにゆったりと伸びをした。 「冗談でもなんでも、言ったことには責任を持たないと。俺より経験がお有りのお兄さん」 「ぅぐ……普通男同士で本当にやるって思わないだろ!」 「っは、本当ーに、覚えてないんだ」 いつもよりも一層低い声で、落胆しているかのような表情で頭を掻く圭人。 「どっかの誰かさんが寝ちゃうから、未遂っすよ未遂」 「え?マジ?」 「マジのマジ」 確かに、言われてみれば、別に身体はなんともないし、尻も痛くない。 なぜか本当に残念そうにうなだれる親友をよそに、俺は一人、心から安堵していた。 「なんだ、ビビらすなよ!じゃあなんもしてないじゃん」 「なんもしてなくはなくね?キスしたしパンツも脱がせたよ」 「な……っ」 慌てて布団をめくり、目に飛び込んだ光景に身体がこわばった。 本当に履いてねーじゃん、俺。 「な、な……っんで、裸なんだよ!」 「だって脱がないとできないっすよ」 「何を!?」 「セックス」 「な、生々しい単語を言うなぁ!」 「だって塁が聞いてきたから」と淡々と返す圭人は本気なのか、身体を張りまくったお笑いを提供しているのか。 読めん。わからん。何を考えてるんだこいつは。結構長いこと親友やらせてもらってますけど、今日ほど圭人がわからない日はない。 俺はベットの端に無造作に脱ぎ捨てられた自身のパンツを掴んで、布団で身体を隠しながらいそいそと履いた。 「ご飯、あるからそろそろ起きたら」 「はっ……?あ、おう……」 マイペースな俺の親友は、一人肩を丸め身体を隠す俺を置いて、すっと立ち上がりリビングへと消えていく。 え、やっぱノリってこと、なのか。圭人なりのギャグだよな。 よく考えれば一緒に銭湯とか行ったこともあるし、別に裸ごときで恥ずかしがる必要もないよな。 (圭人がマジな顔するから……こっちまで釣られたじゃん、もう) 火照る頬の熱にたじろぎながら、俺は急いで服を着た。 「あ、つーかさ、誕生日、おめでと……」 童貞がどうのこうのとわちゃわちゃしていたら、すっかり、忘れてしまっていた。 日付が変わって今日は、俺の親友の誕生日なんだよ。そもそも俺、「20歳になる瞬間ひとりじゃ寂しいから遊びに来て」って言われて泊まりに来たのに。本来の目的を見失っていた。 「あざっす」 圭人は俺と一瞬目を合わせてペコ、と会釈すると、また朝食のパンを口に運んだ。 マジで、昨日のべろべろちゅっちゅはなんだったのか、と叫びたくなるくらいにいつも通りのテンションだ。 「ねぇ、てかプレゼント何欲しいん」 誕生日を迎える一週間ほど前から、ずっと俺はこうして聞いているというのに。 圭人は前日になってもまだのらりくらりとその答えを躱し続けていた。 自分は、プレゼントにサプライズをしたくない派。 ちゃんと本人が欲しいものをあげたいし、一人暮らしのしがない大学生である俺はプレゼント選びを失敗すると財布にもダメージがでかい。 「え、まだ何かくれんの」 「は?俺まだ何もあげてないし」 「いや、だから……これからもらうでしょ」 「何をよ」 「塁のはじめて」 「ぶっ!」 俺は口に含んでいた目玉焼きを思わず喉に詰まらせそうになる。 「ま、まだ言ってんのかよ!」 「え?だって昨日最後までできなかったし」 「最後までって、お前……」 いつも通りなのかそうじゃないのかはっきりしろ!ボケがわかりづらい!と叫びたい。 俺は一体、どうリアクションとるのが正解なのか。 当惑する俺と、まるで何を考えているのかわからない圭人。 微妙な沈黙が流れる中、食事を終えた圭人はガタン、とテーブルから立ち上がった。 「はい、これ」 そしてなんの気なしに、自然と俺に差し出してきたのは、鍵だった。 「なにこれ」 「合鍵」 「っな、なんで俺に」 「俺いなくても、いつでも好きに入って」 そっけなくも見える淡々とした話口調で、キュッ、とネクタイを締めると、圭人はスーツのジャケットを羽織る。 同性の俺でも、こいつのスーツ姿は一瞬心拍が早まるくらいにはカッコいい。 「じゃあ、俺もう会社いきますわ」 「え、ちょ、」 「塁さんお見送りしてくんね」 展開についていけていない俺を置いて、圭人はスタスタと玄関へ向かう。 その場にポカンと座したままでいると、くるりと振り返った圭人が「遅刻するから、早く」と急かす。 仕方なく立ち上がり側へ歩み寄ると、突然、右腕を引っ張られた。 「ぅわ……っ」 態勢を崩し前のめりになった俺の身体をガチリとホールドすると、圭人は俺に口付けた。 「んン……ッ!」 柔らかく、熱いこの感じ。 やべー、やっぱ昨日のは酔っ払って見た夢じゃなかったんだ。 「……覚悟ができたら、いつでもうち来てよ」 圭人の瞳は、何かに期待するように、奥底で輝く。 放心する俺を一瞥し、喉をごくりと上下させると、軽い足取りで部屋を出て行ってしまった。 「……っマジで、なんなんだよ」 親友の初めて見せる表情に、なぜか熱を持ってしまった身体は、気がつけばその場で膝をついていた。
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