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02 医師の診察
車がゆっくりと停車するのを感じて目が覚めた。私はふわぁとあくびをして、窓の外を見た。いつもの駐車場だ。
「よく眠ってたな」
シートベルトを外しながら、隊長が声をかけてきた。
「診療所、行くんだろう?」
「はい。ここからは一人で大丈夫っす。隊長は事後処理とか色々めんどくせぇのあるんでしょう?」
「まあな。さ、行ってこい」
私は診療所の入り口に向かうと、扉の横にあるパネルに左手のリングを当てた。これは不活性者のパートナーであるアダムとのリンク機能が主な性能だが、識別機能も兼ねていて、GPSもついている。ピピッと電子音が響き、扉が開いた。
「やあやあ、今回もお疲れさん」
診療所で待ち構えていたのは、おかっぱ頭にメガネをかけた女性。三枝蜜希医師だ。私は彼女の前に座ると、コートを脱いでカゴに放り投げた。
「無傷だよ無傷」
「そうは言っても、目に見えない内臓の損傷とかがあるかもしれないからね」
蜜希先生は、私の胸に右の手のひらを当て、目を閉じた。たちまち彼女の身体が黄金色に光り輝きだした。彼女は聴覚に優れたゴールデンだ。聴診器が無くても、体内の音を聴くことができるらしい。私はしばらく押し黙ったまま、診察が済むのを待った。
「……うん、よし。異常ないね。ああユキ、明日辺り生理来るかも」
「そんなのも判るの?」
「まあ、ボクの経験と勘だけどね」
もう三十代の立派な女性だというのに、蜜希先生が自分の事を「ボク」と言うことに最初は慣れなかったが、付き合いの中で自然なものとして消化されていた。私は言った。
「やだなぁ、生理」
「鎮痛剤、まだ持ってる? 一応渡しとこうか?」
「うん、お願い」
私がそう言うと蜜希先生は立ち上がり、棚から鎮痛剤を出してくれた。私は特例扱いとしてこの特定超能力機動隊に所属しているが、戸籍も住民票も無いので普通の病院には行けない。私を診ることができるのは、この蜜希先生だけなのだ。
「ユキ、ベッドで休む?」
「うん。アダムももう少しかかるだろうしね」
ドサリと診療所のベッドに横になり、私は軽く目を閉じた。蜜希先生がテレビをつけたのか、ニュースを読み上げる声が聞こえてきた。
「都内で起こった銀行強盗事件は、特定超能力機動隊の活躍によって無事解決されました。ゴールデンである犯人の身元は確認中であり……」
毎回そうだが、私には犯人の素性なんてどうでもいい。ゴールデンという、特殊な能力を与えられたからには、人のために役立たなくてはいけない。それが私の信条だ。犯罪なんてもってのほかだが、残念ながら自身の能力を悪用するゴールデンは後を絶たない。それが何とも嘆かわしい。
こうして居場所を与えてくれた恩義もあるし、能力を使って「任務」を遂行することは、私にとって生きがいのようなものだった。
「ユキ、ボクちょっとタバコ吸ってくるよ」
「あっ、私も!」
私はベッドから跳ね起き、コートを羽織ると、ポケットに入れていたハイライトとライターを確認した。蜜希先生の後に着き、診療所を出て喫煙所へと向かった。
「ひゃあ、寒いね!」
蜜希先生はブルブルと震えながら、タバコに火をつけた。続いて私も。
「何で室内に喫煙所作ってくれねぇのかな。ほぼ全員吸うのに」
「ユキ、ここは一応国の機関だからね。法律とか色々あるのさ」
紫煙を吐き出し、蜜希先生はトントンと灰を落とした。
「そういえばユキ、記憶を無くす前もタバコ吸ってたのは確定?」
「うーん、多分。吸い慣れてないとこのタバコって重いんだろう?」
「そうだよ。それ、タール十七ミリあるからね」
私はハイライトの箱を確認した。なんとなく、この銘柄のタバコが吸いたいと思って選んだのだ。それはきっと、記憶の断片だろう。しかし、そんなことが分かったところで、先には進めない。
「蜜希先生はずっとピアニッシモ?」
「いいや、学生の頃はコロコロ変えてたよ。ここの診療所に収まってから、定着した感じ」
「そうなんだ」
もう一口、タバコをくわえた。この匂いが、記憶を失くす前からまとわりついていたものなのか、今の私には分からない。もう、三年前になる。砂浜で倒れていた私が発見され、病院に担ぎ込まれたのが。
「本当の私って、何なんだろうな……」
ユキ、という名前も、本名なのか定かでは無い。右肩に「yuki」という文字のタトゥーがあったこと、どことなくユキという響きに馴染みがあったことから、この名を名乗っていた。
「まあ、何かのきっかけでふいに思い出すこともあるかもしれないよ。こればっかりは、ゴールデンで医者のボクにも分からないんだけどね」
タバコを吸い終え、灰皿に落とした蜜希先生は、ポンと右肩を叩いてくれた。
「今はゴールデンのユキ。ボクたちの大事な仲間。それでいいじゃないか」
「ありがと、蜜希先生」
それから私は、アダムが戻るまで診療所のベッドで厄介になることにして、再び眠りについた。
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