01 彼女の能力

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01 彼女の能力

 地面を蹴り、大きく跳躍した。  逃げる「対象者」は、石のツブテを銃弾のように撃つことができる「ゴールデン」だ。私は息を弾ませながら、奴を袋小路へと追い詰めた。距離が三メートルほどに近づいた頃、奴は正面から私に向き直り、大きな声を出した。 「来るな! 撃つぞ!」 「へえ? やってみれば?」  私は口の端を歪ませて笑った。自分でも、相当悪い顔をしていると思う。 「うおおおおお!」  咆哮と共に、奴の身体が黄金色に光り始めた。そして奴は、右手にボストンバッグを持ったまま、空いた左手を突き出してきた。そこから飛び出す無数の石。  ドドドドド!  私は突っ立ったまま、それを受けた。奴が間抜けな声を出した。 「なっ……!?」 「効かねぇっつーの」  私の身体も黄金色に光り輝いているのを見てか、奴は叫んだ。 「貴様もゴールデンか!」  石は私の身体に命中したが、全て弾き返してやったのだ。私の能力。身体を硬化させることのできる能力。これがある限り、並大抵の攻撃では私を倒すことなどできない。能力の特性上、服はむしろ邪魔になるから、私は「任務」のときは、ハイネックの黒いタンクトップに白いショートパンツ、ショートブーツという格好だ。 「観念しろ。おらっ!」  私は一歩踏み出し、拳を振りかぶった。渾身の右ストレートだ。奴は顔面から吹っ飛び、鈍い音をさせながら、ドサッと道路に倒れ伏した。 「ぐえっ……」  もう一発、ぶち込んでおくべきか。そう思ったが、耳に仕込んでおいたインカムから声が飛んできた。 「ユキ、もういいでしょう。ストップ」 「はぁい」  その途端、私がまとっていた黄金色のオーラは消えた。私は仰向けに倒れたままの奴に歩み寄り、しゃがみこんで顔を覗き込んだ。 「能力使って銀行強盗なんて、ダサッ」 「ひいっ!」  私は奴を蹴って転がし、うつ伏せにさせた後、後ろ手に手錠をかけた。 「まっ、いい弁護士雇うことだな」  やっぱりもう一撃くらい……と考え始めたとき、インカム越しではなく、直接後ろから声がかかった。 「ユキ。やめなさいと言ったでしょう」 「あー、アダム、何もやってねぇよ?」  振り返ると、すっかり呆れかえった表情をしたパートナーの姿があった。藤堂(とうどう)アダム。今年で確か二十七歳だ。身長が高く、この距離だとずいぶんと見上げないといけない。彼は自分の栗色の髪をスッと撫でつけ、ため息をついた。 「やろうとしていたでしょう」 「あっ、バレた?」  私は舌をちろりと出して笑ってみた。しかし、そんなものでほだされるアダムでは無かった。彼は律儀にしめていたネクタイの位置をきゅっと直し、こう言った。 「それより、攻撃を受けたんでしょう? 診療所に行って下さいね」 「だーかーらー、今回も無傷だって」 「僕が先生に怒られるんです。それに、万が一何かあったら……」 「はいはい、分かったよ」 「よろしい」  アダムはくしゃりと私のショートボブの黒髪を撫でた。どうせいつもボサボサなのだから構わないが、猫みたいな扱いをするのはいい加減やめて欲しい。  しかし、実際、今の私はアダムの飼い猫のようなものだ。記憶を失くし、自分の本当の名前も帰るべき場所も無かった私の、身元引受人になってくれたのだから。  そう、私は何も覚えていない。ただ一つ、分かっていたことは、自分が「ゴールデン」と呼ばれる超能力者だということだ。この能力を買われ、私は「特定超能力機動隊」という特別部隊に編入され、ゴールデンの起こした犯罪の対処をするという「任務」を行っている。 「こ、このっ……!」  地面に転がっていた奴の身体が再び光り出した。しかし、アダムがふうっと息をつくと、その光はたちまち消えていった。 「僕は不活性者です。もうあなたの能力は発動できませんよ。さあ、大人しく連行されて下さい」 「ぐっ……」  パトカーが到着した。これからこの哀れな銀行強盗は、アダムと共にそれに乗り込むことになるだろう。  不活性者とは、ゴールデンの能力を無力化できる存在のことだ。無力化するには、視認できるほどゴールデンに近付いておく必要がある。例外は、予め「リンク」を結んでおいた相手。私とアダムは、左手の薬指に揃いのリングをはめており、これが遠距離からの無力化を可能にする。 「それよりユキ、寒くありませんか? 済みません、コートを持ってくるのを忘れました」 「ああ、いいって」  今は十二月だった。私は空を見上げた。はらはらと白いものが降っていた。 「やべっ、やっぱ寒いかも」 「早く診療所に向かって下さいね」  アダムは銀行強盗を立たせてパトカーに乗せ、行ってしまった。それから、黒いワゴン車が私の前に停まった。運転席の窓が開き、見慣れた悪人面の無精ヒゲのオヤジが顔を出した。 「よっ。今回もご苦労さん」 「隊長じゃないっすか! ありがとうございます」 「ああ。お前さんのコートも後ろに乗せてあるぞ」  私は後部座席に乗り込み、黒いコートを羽織った。大和政直(やまとまさなお)隊長は、特定超能力機動隊のボスだ。こうして直々に運転して来てくれることは珍しい。そのまま車は本部へと向かっていった。私は大きく伸びをして、しばし眠ることにした。能力を使った後は疲れるのだ。こうして、今回の「任務」は終わった。  
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