しあわせのおつまみ

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    「そろそろ、おなかが()いてきたでしょう? はい、お待たせ!」  酒飲みがつまみを(ほっ)するのは、小腹が()いたというよりも口寂しいみたいな理由なのだが、その辺りの感覚は彼女にはわからないらしい。  いずれにせよ、確かに何か欲しくなってきた頃合いであり、ちょうど良いタイミングだった。  縁側で月を見ながら手酌で一杯やっていたところに、妻がつまみを運んでくる。  一見したところ、ごく普通の焼き鳥だった。  ふだんの食事でも、あるいは私の晩酌でも、一風変わった料理を作ろうとするのが彼女の悪い癖だ。夕食のメインディッシュが台無しになる場合もあるくらいだった。  最近は大人しかったけれど、今日は夕食の後、意味ありげにニヤニヤしていた。だから晩酌には、さぞや奇抜なつまみが出てくるかと身構えていたのだが……。これでは拍子抜けするくらいだ。 「君にしては、珍しく平凡な……」  と言いかけて、焼き鳥に添えられた小鉢を目にしたところで、言葉が止まる。  おそらくタレなのだろう。それは真っ青な色をしており、私の頭に「ブルーハワイ」という言葉が浮かんでくるほどだった。 「あっ、気づいてくれた? きれいでしょう? 青いドレッシングを使ったのよ!」  妻が嬉しそうな顔になる。 「青いドレッシング……?」 「そう! グレープフルーツ味ですって!」  まるで他人事の伝聞口調だ。彼女は全く味見をしていないのだろう、いつものように。 「このドレッシングで鳥料理を作りたくてね。鳥料理のレシピを検索したら、レモン味の焼き鳥のレシピを見つけたの」  なるほど、焼き鳥にレモン汁をかけるというのは、ごく普通の話だ。それに、同じ酸味のある柑橘類として、グレープフルーツはレモンの代用になりそうだ。  彼女の創作料理にしては、まともそうに思えたのだが……。 「名付けて『しあわせの青い焼き鳥』! ほら、『しあわせの青い鳥』って童話があるでしょう? あれをオツマミにしたのよ。『しあわせの青い鳥』を焼いたつもりで食べてね!」  その言葉を聞いて、一気に食欲が失せてしまった。  確か『しあわせの青い鳥』は「しあわせというものは、案外すぐ近くにあるものだ」という話だったはず。そんな青い鳥を食べるのは、なんだか不謹慎ではないか。  私の中に「それを食べるなんてとんでもない!」という気持ちが湧き上がる。  一瞬「青いタレは使わず、ただの焼き鳥として食べてしまおう」と考えたが……。  妻の笑顔に押し負けて、結局、素直に青色に(ひた)すのだった。 (「しあわせのおつまみ」完)    
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