1人が本棚に入れています
本棚に追加
「そろそろ、おなかが空いてきたでしょう? はい、お待たせ!」
酒飲みがつまみを欲するのは、小腹が空いたというよりも口寂しいみたいな理由なのだが、その辺りの感覚は彼女にはわからないらしい。
いずれにせよ、確かに何か欲しくなってきた頃合いであり、ちょうど良いタイミングだった。
縁側で月を見ながら手酌で一杯やっていたところに、妻がつまみを運んでくる。
一見したところ、ごく普通の焼き鳥だった。
ふだんの食事でも、あるいは私の晩酌でも、一風変わった料理を作ろうとするのが彼女の悪い癖だ。夕食のメインディッシュが台無しになる場合もあるくらいだった。
最近は大人しかったけれど、今日は夕食の後、意味ありげにニヤニヤしていた。だから晩酌には、さぞや奇抜なつまみが出てくるかと身構えていたのだが……。これでは拍子抜けするくらいだ。
「君にしては、珍しく平凡な……」
と言いかけて、焼き鳥に添えられた小鉢を目にしたところで、言葉が止まる。
おそらくタレなのだろう。それは真っ青な色をしており、私の頭に「ブルーハワイ」という言葉が浮かんでくるほどだった。
「あっ、気づいてくれた? きれいでしょう? 青いドレッシングを使ったのよ!」
妻が嬉しそうな顔になる。
「青いドレッシング……?」
「そう! グレープフルーツ味ですって!」
まるで他人事の伝聞口調だ。彼女は全く味見をしていないのだろう、いつものように。
「このドレッシングで鳥料理を作りたくてね。鳥料理のレシピを検索したら、レモン味の焼き鳥のレシピを見つけたの」
なるほど、焼き鳥にレモン汁をかけるというのは、ごく普通の話だ。それに、同じ酸味のある柑橘類として、グレープフルーツはレモンの代用になりそうだ。
彼女の創作料理にしては、まともそうに思えたのだが……。
「名付けて『しあわせの青い焼き鳥』! ほら、『しあわせの青い鳥』って童話があるでしょう? あれをオツマミにしたのよ。『しあわせの青い鳥』を焼いたつもりで食べてね!」
その言葉を聞いて、一気に食欲が失せてしまった。
確か『しあわせの青い鳥』は「しあわせというものは、案外すぐ近くにあるものだ」という話だったはず。そんな青い鳥を食べるのは、なんだか不謹慎ではないか。
私の中に「それを食べるなんてとんでもない!」という気持ちが湧き上がる。
一瞬「青いタレは使わず、ただの焼き鳥として食べてしまおう」と考えたが……。
妻の笑顔に押し負けて、結局、素直に青色に浸すのだった。
(「しあわせのおつまみ」完)
最初のコメントを投稿しよう!