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1話 死ノ神
「これで転生の準備は整った。後は人生をまっとうした魂を出迎えるだけだ」
独りでブツブツと呟きながら作業をしているのは、僕ことリュドシエル。
人界では魂を刈り取る死神とも呼ばれていたりもするが、そもそも人間や魔族を生み出したのはこの僕自身だ。
だから僕のことは創造神とでも呼んでくれ、なんて他の神々に言える、そんな度胸は持ち合わせていない。他の神々は怒ると怖いからあまり喧嘩もしたくないし、暴力を振るわれるのはもっと嫌だから。
そんな弱虫な僕だけど、日課のように行っている仕事がある。魂を刈り取り、邪悪に染まった魂を浄化し、再び人界へ戻す仕事だ。
やがてその魂は新しい生命として生まれ変わり、第二の人生を歩むようになる。
そこで皆なら疑問に思うはずだ。
前世の記憶があるのか？ と。
まあ、その答えは魂による、いや人によると言ったほうがいいかもしれない。転生しても記憶が残る者もいるし、失くす者もいる。結局は運次第ってわけだ。
さてさて、そろそろリーゼルシアが戻ってくる頃合いだな。
「死ノ神よ。今、下界より魂が」
僕にそう知らせてくれたのは、神々の使徒である戦乙女七柱の内の一人。名をリーゼルシアという。そのクールな顔つきに白銀の髪は誰が相手だろうと魅了し、内に秘めた魔力に凄まじい戦闘力は神々をも圧倒すると言われている。
そんな彼女との出会いは、自ら創り上げた空間に僕自身が引き籠もっていた時だった。引き籠もってしまった原因……それは他の神々から遠回しな嫌がらせをされていたことにある。要は僕はイジメられっ子なのだ。
僕の子供達――人間に宗教という物を作らせ、信仰という名の洗脳で奪われてしまったことにある。
そんな時、僕を叱りながらも笑顔で接してくれたのが、彼女――リーゼルシアだったのだ。初めての友人と言えるべき関係となったのは彼女だけかもしれない。彼女と長い長い期間一緒にいることで僕は次第に彼女に惹かれていった。
しかし、神とそれに仕える使徒の関係性では子供達がするような恋愛？ というものが許されない。
神界におけるすべての秩序が崩壊するからだ。
だけど僕は……いや今はそんなことどうでもいい。
あ、違うどうでもはよくはないけど……今は子供達の魂のことだけを考えないと。
僕は今考えていることを一度リセットし、リーゼルシアが言った「下界」といった単語に関して注意した。
自ら創造した世界と子供達を見下している感じがしたからだ。本人にはそういう意図がないとはいえ、やはり気分はあまりよくない。
「リーゼルシア。〈下界〉と呼ぶなと何度も言ったはずだ。彼らは僕の子供達みたいなものだ。見下すようなことはしたくない」
「も、申し訳ありません。他の神々の方は下界と呼ばれているもので、つい……」
「彼らは魂となっても我々の会話をしっかりと耳にしている。生者も死者も器が存在するかないかの差でしかない。魂だけとなった今も彼らは生きているんだ」
「は、はい……」
「そんなに気に病むことはないさ。君はよくやってくれているよ。こんなに丁寧に魂を運んでくれる戦乙女は他にいないからね」
褒めると彼女の頬は赤く染まった。
うむ、調子でも悪いのか？ それとも喜んで照れてくれているのか？
「有難きお言葉」
僕の前に跪いたリーゼルシアには一つの贈り物をした。彼女にはいつもお世話になっている恩とこんな弱虫な神である僕に優しく接してくれるからお礼がしたいと、ふと思ったからだ。
そんな僕の手から漏れ出す白い光。手を広げると突如として刀身から虹色の輝きを放つ1本の剣が現れた。
この剣の名は《閃光剣ラファエル》。
悪しき邪神を一瞬で葬り去ったという逸話のある剣。至高の一品と言ってもいいだろう。もちろん邪神を葬る唯一の光の武器がこの《閃光剣ラファエル》だとすると、それに相対する武器も存在する。
その武器は未だ人界でも発見されておらず、回収することも困難な代物だ。どんな形状でどんな能力を持っているのかすら不明なまま。
《閃光剣ラファエル》の相対する代物と言うぐらいだ。恐らく能力は我々――神々をも殺める武器なのは間違いないだろう。
だからこそ決して人の手に渡ってはいけない代物であり、すぐさま回収しなければならないということだ。
「おやおやおや、神と使徒がこうも仲良くしてるとは……いかがなものかね？」
僕とリーゼルシアの邪魔をしてきたのは、《人徳神》レンベ。目には遠くの物を観察できるよう赤い水晶を嵌め込んでいる。余程目がいいのか僕達が二人で行動しているのを見計らって、何かと絡んでくる。
「ねぇ僕ちゃん、妾の足を舐めてくれない？ 痒くて仕方がないのよ」
次に現れたのは、《純潔神》アンナ。絶世の美女であり、その大人の色気で人界の子供達すらも惑わす。ということもあり、信仰する者はあとを絶たない。月のような輝きを放つ金髪はサラッとしていて綺麗……いかん、僕もこの女に魅了されることが多々あるのだが、その度にリーゼルシアに睨まれるのは正直恐ろしい。
「皆、やめたまえ。またもや死ノ神が泣いてしまうぞ」
そう、こいつこそがすべての元凶。名を《節制神》バルバトス。リーゼルシアを妙に気に入っている。しかし彼女は常に僕の側にいるため、よく思っていない様子が多々見受けられる。最近は力任せに奪い取ってくるんじゃないのかと心配になるほどだ。
この三柱の神は人界から崇められているが、二つ名に背いた行動ばかりをしている。
バルバトスは《節制神》なんて呼ばれているが、自らが気に入った物は必ず手にしないと気に食わない神だ。
レンべは《人徳神》と呼ばれているが、子供達に崇められるようなことは何もしていない。本当なら転生させる魂を自らの腹の中で蓄え、子供達の人生を奪うそんな奴だ。だから《人徳神》なんて呼ばれて崇められているのが不思議で仕方がない。
アンナは《純潔神》と崇められ男達を虜にし、どんな奴ともやりまくるビッチ。
他にも神は四柱存在するが、よく絡む連中といったらこの三柱の神々だ。
いや、待て……なぜ三柱束になって僕達のところにきた？
「死ノ神、この場に我々が訪れた理由を理解しているか？」
バルバトスが先頭に立ち告げてきた謎の質問。その質問の意図を理解できなかった僕は大きく首を傾げた。
「理解できていないようだ、お前達抑えつけろ」
「ええ」
「はいはい」
レンベとアンナは素早くリーゼルシアの背後に回り込んだ。抵抗する彼女の意思に関係なく無理矢理地面に抑え着けたのだ。
「おおっ！ これが、やっと手にしたぞ！」
バルバトスは地面に落ちた《閃光剣ラファエル》を拾い上げ、天へとかざした。
「死ノ神、これは誰を葬ることができる？」
「ああ、遥か昔に存在した邪神だ」
「ほう……なら貴様を葬ることもできる、と？」
「さあ？ それより返してくれ。それはリーゼルシアにプレゼントした代物なんだ」
「はぁ……うるさいやつだ。神としては未熟、それに力もない。そんな奴が死ノ神だと！ 笑わせる！」
バルバトスは僕の心臓目掛けて刃を向けた。
そして痛みを味わえと言わんばかりにゆっくりと突き刺してくるのだ。
「ぐっ！ ああああああ！」
「痛いか？ 死ノ神よ」
「や、やめて。あの方は私の……」
リーゼルシアはレンべとアンナに押さえつけられながらも、必死に足掻いている。
「いい加減にしなさい！ 神ともあろう者が情けない」
その言葉に反応したバルバトスの顔は鬼の形相へと変貌し、リーゼルシアへと標的を変えるのだった。
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