第10章 年上のひと

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第10章 年上のひと

ポンギーの店長の勧めもあって、祐二は高収入を得るため、ボーイを辞めてホストに転向した。引き続き、昼間は印刷屋に勤め、夜間高校にも通学した。 その傍ら、週3日ほど深夜のホスト稼業に精を出していた。 睡眠不足は、昼間の勤務先の休息時間と、営業時間帯に公園のベンチで時折爆睡した。 ホスト稼業 ポンギーの常連客は、主に銀座、渋谷、上野のホステスで、彼女たちは仕事のストレス解消を求め、深夜の六本木に流れてくる。 ポンギーは三流のクラブで、店の服装は自由だった。 祐二はホストらしくするため、髪を伸ばして黒地にラメが煌めくシャツを羽織、パンタロンにロンドンブーツといういで立ちで店に出た。 社交ダンスもできず、話上手でもないので、ダンスを求められたらもっぱらチークダンスでとおし、会話は聞くばかりの受け身に徹した。 ホストとしての接客に慣れてくると、徐々に、夜に働く社交女性の気質を伺い知ることができた。それは、一人ひとり個性の違いがあることだった。 見栄ぱっり、派手好き、守銭奴、セックス好き、奉仕するタイプ、奉仕を求めるタイプなど様々である。 そういった彼女たちの個性を、容姿や僅かな会話と仕草から、いち早く見分けることが上手な接客につながる。 祐二は、ホストの経験も浅く、また、ホストとしての資質であるイケ面であることや、長身のスタイルを持ち合わせない。 彼は夜の蝶に終始機嫌よくしてもらい、楽しい気持ちにさせるため、彼女たちの話をよく聞き、その愚痴や不満を愛想よく受け入れる姿勢を貫いた。 その一方で、積極的に先輩ホストから女性を惹きつける接客のコツや技を教えてもらった。髪や身なりの清潔さに始まり、ひいきの女性が好むオーデコロンをつけることなどを指導された。 さらに、チークダンスでの秘技。 ダンスの際には、事前にズボンのポケットにピンポン玉を入れておき、その箇所をさり気なく女性の太腿や恥部に触れさせる。 祐二は、素直に先輩の指導に従って、チークダンスの際にはそれを実行した。 試してみると、ほとんどの女性は、僅かながら腰が微妙に反応する。 中には腰を揺すり、恥骨を擦りつける仕草もみられた。 そうした秘技が功を奏したこともあったのか、祐二は指名が高いホストとしての地盤を徐々に整えていった。 ただ人気ホストというよりも、断ることのない何でも言いなりになる『アッシー君』タイプのホストとして位置づけされていった。 そのことから、いつしかすぐに寝るホストとして囁かれるようになり、店が終えた後のデートのお誘いが急増した。 渋谷や新宿のホテルで、華美な蝶たちと夜な夜な性交を繰り返するようになる。 時として、小岩のアパートにも招き入れることもあった。 さらに夜の蝶だけでなく、暇を持て余した有閑夫人など、年代や職業も異なるいろいろな女性と性交を重ねていった。 それらからの寝物語からは、ヤクザの娼婦、ソープ嬢、純愛や不倫からの破局など、様々な女性達の隠れた人間ドラマや遍歴を知ることができた。 その結果、ホストの給料に加えておこづかいの副収入も安定して入り、貯金残高がみるまに増えた。 こうしてホスト時代の祐二は、源氏名や愛称を知るだけで、素性をあまり知らない女性たちと肉体関係を結んだ。 端的に言えば、金と女にまみれた汚れた生活が続いていた。 ただこれも、安定した生活と心から愛する亮子と結ばれるための資金として必要だと、心の中ではドライに割り切った。 貞子 そうした肉欲生活が続く中で、『貞子』と源氏名を名乗る30歳台の中背・痩せ型の女性と知り合う。 それは、上野のクラブ『蘭』に勤めるホステスの貞子。 そのスレンダーな体躯は、痩せてはいるものの筋肉質の硬い体をしていた。 顔立ちも美形ではなく、その上いつもチークとルージュにとどめた薄化粧のため、実際の年齢よりも老けて見えた。 水商売には珍しく地味な印象で、明らかに異性にもてるタイプではなかった。 平凡な主婦が、パート感覚で夜の蝶をしているイメージ。 実際に、彼女は下町の台東区小島町で一人息子の小学生と慎ましく暮らすシングルマザー。 貞子は、同僚のホステスに連れられて、初めてポンギーに来店した。 祐二は指名された先輩ホストのヘルプとして、彼女たちのテーブルに同席した。 貞子は、同僚のホステスが二枚まつ毛で濃い目のメークであるのに対して、仕事帰りにもかかわらず、薄化粧で服装も地味なものであった。 ホステスと言うよりも、明らかに家庭の主婦に見える出で立ち。 通常は、馴染み客であれば、「いらっしゃい~マッホーッ、お久あ」なんて、明るく笑いながら軽いあいさつで始まる。 だが、さすがの先輩ホストも貞子の地味で暗いイメージに一瞬たじろぎ、乾杯の発声も心なしか弱々しい声になっていた。 このような場合、座全体を暗くしないために、彼女たちを分断してそれぞれ会話を分けて接客するのが常道になる。 当然、祐二は貞子を相手に会話をすることになった。 いつもの受け身の会話では、コミュニケーションが取れないと直感した祐二は、進んで自己紹介に加えて、直近のニュースや芸能関係の話題を提供した。 しかし、なかなか彼女は和まなかった。 煙草は吸わないし、酒も舐める程度にしか飲まなかった。 薄化粧で、地味な服装なので化粧やファッションの話も好まないと思い、タイミングをみてチークダンスに誘った。 その誘いを笑顔で返すこともなく、彼女は黙って祐二の後についてきた。 ミラーボールが輝くホールは、踊る人がまばらだった。 ホールが閑散な場合、客席からはよく目立つ。 テーブル席で談笑しているホストやお客も、踊る男女に視線が動く。 その中で祐二は、彼女の心が和らぐように、いつもよりも力強くかつ強引に男女の密着度の濃い姿勢で踊った。 初めての客とのチークダンスには見えないように、意識的に強く手を握り、痩せすぎの細い腰に回す手も大きく広げて、彼女の体に圧力を加えつつ体を密着させた。 勿論、ズボンのポケットには、ピンポン玉が入っている。 3曲続けて踊った。 ピンポン玉を擦るように、彼女の恥丘に押し付けたのは、最後の曲の時だった。 強く腰を押し付けると、女の腰が少し逃げた。 それを逃すまいと、後ろに回した手で引き寄せ、再び腰を強く押し付けた。 瞬間、女の臀部が震えた。 曲が終わると、彼女の片手を握り引っ張るようにして席に戻った。 周りから見ると、いかにも親し気なイメージを醸し出していた。 その後、いくらか彼女は硬さが取れて、安堵感に柔和な表情に変わっていた。 さらに苦肉の策で、ダジャレクイズ遊びで笑いを誘って、貞子の気持ちをさらに和らげた。 祐二は、仕事の延長には違いなかったが、いつになく自分からその女を誘いたい気分になった。 貞子に、特別の魅力を感じたからではない。 おそらく、厚い化粧と強い香水に紛れた女豹に食傷気味だったのだ。 水商売の匂いの薄い女性と、戯れてみたかった。 貞子を誘ったが、初めての出会いでのデートの約束を拒む。 無視して、休日のデートを再提案した。 すると「休日は子供のために母の日にしているの」 と、断りの理由を説明する。 しかし、その正直な答えの中に自分の誘いを受け入れる下地があると感じた。 そこでしつこく誘いを続けると、ついに平日のポンギーの非番の夜に、上野で会うことに成功した。 貞子のクラブの仕事を終える時刻を確認すると、 「お店に来て頂戴、お勘定は私持ちだから心配しないで」と、言われた。 そのクラブの閉店の1時間ほど前に、店に入る約束をした。 下町のホステス 貞子の勤めるクラブ『蘭』」は、上野の繁華街の広小路からかなり離れており、昭和通りを越えてから2ブロックほど奥に入ったビルの地下にあった。 現在は台東区台東という地名だが、その当時は竹町がその町名であった地域。 蘭は、個人商店や古くて小さな住宅が立ち並ぶ一角にあった。 丁度、上野や御徒町と佐竹商店街の中間にあたり、流れの客が足を運ぶには不便な場所といえた。 最寄りの上野駅や御徒町駅からも、徒歩では歩きたくない距離にあった。 周りの環境も雰囲気が陰気臭く、ネオンがまばらな地域で水商売には向いていない場所。 祐二は、夜間高校の授業を終えると、私服に着替えて浅草橋駅から乗車した。 秋葉原で乗り換えて、御徒町駅で下車すると徒歩で蘭に向かった。 午後10時を少し回った頃に、『蘭』に到着した。 店に入ると、入口の看板の地味さやドアの小ささとは異なり、意外にも店の中はかなりの広いスペース。 ポンギーよりも、明らかに大きなフロワーの規模。 その中に、黒いソファがボックス毎に区切られて配備されている。 ボーイに誘導され、空いているボックスに案内された。 店の奥には、バンドによる生演奏で音楽が流れ、広くはないが踊れるスペースもあって、数人の男女が踊っていた。 祐二は予想外に、格式のあるクラブだと驚いた。 それは貞子の地味な印象が、彼に小さなスナック風のクラブを連想させていたのかもしれない。 席に着いた祐二は、ビールを注文し貞子を指名した。 ビールとおつまみが用意される前に、すぐに貞子が現われた。 座ることもなく、 「松岡クン来てくれたのね、うれしいわ。ごめんなさい、すぐに戻るから、ちょっと待っていてね」と、言った。 祐二は指名客がいることを察知して、手を振って構わないという素振りを返し、 「了解、お客さん優先して」と、小声で言った。 客らしくない言葉を、発してしまった。 ビールが運ばれると、ボーイが注いでくれた。 「貞子さんが戻られるまで、他の女の子をお呼びしましょうか。他にご指名はございますか?」と、尋ねてきた。 「いやけっこうです。貞子さんを待っています」と、答えた。 手酌でビールを飲みながら、店の雰囲気を観察した。 客層は、年配者がほとんどであった。 その多くがこぎれいな恰好で、身だしなみがいい紳士風にみえた。 ただ大会社の重役というタイプではなく、背広にネクタイのいでたちは少なく、地元の旦那衆といった感じ。 おそらく上野や御徒町、あるいは佐竹商店街の店主が常連客のように思えた。 しばらくすると、貞子が戻り祐二の横に座った。 「ごめんなさい、お待たせして。今晩はそれほど混みあっていないのだけど、たまたま私の馴染みのお客様が重なってしまっているの」 と言いつつ、飲みかけのグラスにビールを注いでくれた。 今夜の彼女は丈の短いニットのワンピースを着て、ポンギーに来店した時よりも若い。 ただ、他のホステスたちの華やかなドレス姿と厚化粧なのに比べると、明らかに地味で素人のイメージは否めない。 それでも今夜は、ルージュの色が濃い目で多少色気があった。 「貞子さん、モテルね。忙しいことはいいことだよ」 「私、全然モテないわ、こんな日珍しいのよ。松岡クンの神通力かしら」 と、謙遜した。 「この店は食べ物高いから、食べないで少しがまんしていてね。店が終わってから、外で食事しましょう」と、母親が子供に諭すように言う。 「わかりました」と、祐二も息子のように言う。 彼が返事を返すと、すぐに再度貞子に指名の声がかかり、ボーイから呼び戻されて彼女は再び席を離れた。 一般的にホステスを指名した客は、その女性を独占したがる。 そのための指名でもある。 指名が重なり、自分のいるテーブルをホステスが離れると、ほとんど客はヘルプのホステスが同席していても去った指名のホステスのゆくえを探す。 その仕草をヘルプ嬢に知られまいと、その会話を続けながらも、男の目線は指名ホステスの動く方向にある。 祐二は暇を持て余し気味だったので、彼女の動きを目で追った。 すると、貞子は祐二以外の三つのテーブルを行き来している。 つまり、この閉店間際の短い時間帯に、自分以外に3人の客の指名を受けている。 おそらく、これらの客は店がひけた後、貞子を誘う下心を抱いている。 当然のことながら、ひと際若い男にも指名されてあちこち席を往来する貞子の忙しそうな動きを、老体の男たちの目も彼女を追っていたはず。 貞子は、ポンギーに来店したときのイメージとは想像もつかないほど、はつらつとして接客をこなしている。 明らかに彼女は、蘭で人気の高いホステスの一人だ。 つぶさにそれらを観察した祐二は、見た目のイメージに反して高齢の男性客を魅了する熟女の隠れた才気に興味を持った。 その人気ホステスを、征服したい気持ちに下半身が疼いていた。 やすらぎ 店の閉店時刻がすぎ、多くの客は会計を済ませて帰路につく。 外は、店のネオンだけが頼りで薄暗い。 何人かの客は店の出口の前に立ち、馴染みのホステスが出てくるのを待っている。 既に深夜のデートを約束した者もいるが、約束がなくても誘いをするために待ち構えている者も少なくない。 そうした客とホステスとの立ち話が、交錯する中に祐二もいた。 ようやく、貞子の姿が見えた。 彼女は祐二の姿を確認すると、小走りに近づきいきなり彼の腕を引っ張った。 すぐにアームインアームで腕を組み、仲の良い男女の格好をとった。 他の多くの客がいる前で、こうした腕組みはホステス稼業としては異例で、商売に差し障りがある行為であった。 通常であれば、客の目を気にして人目を避けてから男女の腕組みをする。 彼女は敢えて、その挙に出ている。 まるでこの若い男は私の恋人なのよと言いたげで、常連客や店の従業員にそれを強調しているようにも見える。 水商売の世界では、ホステスの色男はあまり表面には登場しないのが常道。 貞子は祐二をリードしながら、深夜の旧竹町を足早に通り抜けていった。 「少し冷えてきたわね、佐竹で暖かいものでも食べましょう!」 「あっ、はいっ」 彼は、予期せぬ貞子の積極的な行動に飲まれて付き従った。 数分も歩くと、深夜でも賑わいをみせる佐竹商店街に着いた。 佐竹商店街は、秋田・久保田藩主の佐竹右京太夫の上屋敷跡地に、明治時代、商業発展の振興策によって全畜式のアーケード街として造設された。 全長300メートル以上に及ぶ店並みは、明治、大正、戦前の昭和にわたり、下町に生きる人々に経済的な活気を与えるとともに、庶民の日々の暮らしを支えてきた市場でもあった。アーケード街やその周辺には、寄席、見世物小屋、露店、遊技場の他、売春の場所としての連れ込み旅館などもあって、浅草ほどの賑わいではないものの、一大歓楽街として発展した場所。 見世物小屋には、花電車と呼ばれる小屋もあった。 電車を模した小屋を建て、客が乗車賃を払うと女性が自分の性器にバナナを挿入し、そのバナナを輪切りにするショーを見ることができた。 この秘技を持つ女性とは、さらに料金を払うと性交渉もできるという趣向であった。 但し、男の牡肉が輪切りにされる危険もあると、小屋の主人に喧伝されて多くの客はその性交渉を恐れてショーだけで退散する。 戦後は見世物小屋や露店などがなくなり、戦前ほどの活気は戻っていなかったものの、繊維産業などの隆盛もあって、昭和41年当時は、周辺の浅草、鳥越、蔵前などで様々な業種の問屋が勃発し、<金の玉子>と呼ばれた若者が従業員として集団就職してきた。 このため、昼夜にわたり小売店や飲食店は、かなりの賑わいがあり活況を呈していた。 祐二が通う夜間高校にも、こうした問屋に住み込み店員として働く若者が通学していた。現在は、佐竹町や竹町の名称は消え、住居表示上は「台東」となり、僅かに「佐竹町会」と「佐竹商店街」として、その名称が残されている。 貞子は祐二と腕を組んで、まるで恋人同士のようにして、自分の馴染みの純喫茶に入った。下町では、純喫茶でも食事ができるところが多い。 祐二は、ナポリタンとジンジャエール、貞子はハヤシライスとコーヒーを注文した。 二人は、ポンギーでの客とホスト、蘭でのホステスと客の関係を忘れるように、自然に打ち解けて話をすることができた。 それは多分に彼女の飾らない人柄に、祐二の警戒心が解かれたことによる。 彼女の前では何故か気取る必要もなく、素直な気持ちで接することができた。 船橋から単身東京に出できて、昼夜多忙なスケジュールに追われ、殺伐とした慌ただしい人間関係が続く緊張した生活の中で、自己防衛本能が自然に研ぎ澄まされてきた。 だが、貞子の話にはドロドロした虚飾性が感じられない。 これまでのポンギーのお客である夜の蝶に見られたような、見栄ぱっり、派手好き、守銭奴、奉仕を求める面が微塵も感じられない。 我が子をけな気に育てる母親のような一面を見せるものの、一人の女として内面に神秘的な魅力も秘めている。 1時間ほど二人は、お互いの今置かれている境遇について飾ることなく語り合っていた。 その後、祐二は姉や母親に抱かれるようなやすらぎを貞子に感じて、生まれて初めて、彼女の弟や子供のように甘えてみたい気分になっていた。 それからほどなく、貞子が会計を済ませると、二人は再び深夜の佐竹商店街を歩いた。 今度は祐二が、右腕を伸ばして彼女の細いウェストを抱えた。 女のロングヘアーと肩が彼に傾いた。微かに女の匂いが漂った。 香水ではない女体から溢れた香しさに、若い祐二は早くも年増の貞子を抱きたい衝動にかられていた。 熟女に惚れる やがて二人は、商店街の路地裏の古ぼけた小さな連れ込み旅館に入った。 そして、その2階の和風の部屋に入った。 薄明りの中に、ふとんが敷かれてあった。 枕元に行灯型の電気スタンドがあるのを見届けると、祐二はその灯りをつけた。 貞子はすぐにワンピースを脱いで、キャミソール姿になって寝床に入ろうとした。 祐二はすぐに貞子の手を引っ張り、立ち姿でそのスレンダーな体を思い切り両腕で抱きしめた。 二人の胸と胸がきつく密着した。苦し紛れに女は背を反った。 少し顔が上がるとその唇を吸った。 唇が触れると、女の舌を見つけて激しく巻き付けた。 二人の初めてのキスだった。 だがその口付けは、既に何回も交わしたことがあるように、お互いの唇を十分に熟知していたように粘着感がある。 しばらく強い口吸いが続いた。 女から溢れた唾も吸い取った。 何度も何度もその唾を飲み込んだ。 そして、抱きしめる手を緩めた。 すると今度は、貞子が彼の唇に舌を入れてきた。 祐二がしたように、お返しとばかりに強く舌を巻きつけてきた。 意識的に唾を出して女の口に送り込んだ。 女は、むさぶる様にそれを飲み込んだ。 口吸いをしながら、女の恥骨に腰を擦りつけた。 二人は息苦しくなって、どちらかともなく唇を放した。 貞子は、少し肩を揺らして「ハァハァ」と、息を漏らした。 祐二の両手が貞子の両頬を挟んだ。 女の額にフレンチキスをした。 次に女の長い黒髪を左手で掴み、後ろに引き顔を仰向けにすると、再び激しく口を吸った。 右手で女のキャミソールの肩紐を下した。 そして口吸いを止め、唇と舌を使って右の首筋から肩にかけて舐めまわした。 女の腰が動いて男を刺激している。 すると突然、 「待って、お風呂に入るわ」と、言い出した。 祐二は子供のように「一緒に入りたい」と、小声で言った。 「恥ずかしいわ、ねえ、がまんして頂戴。早く出てくるからね」 母親のような口調で言うと、すぐさま風呂場に向かった。 言葉通り、貞子はあっという間に風呂から出てきた。 おそらく、シャワーだけで済ませたのだろう。 体にタオルを巻いたまま、掛布団を広げると敷布団の上に仰向けに寝た。 「ボクも風呂に入ってくるよ」と、声をかけた。 「嫌でなかったら、そのままで抱いて欲しいの、若い男の人の匂いを楽しみたいの、勝手言ってゴメンなさい。いいかしら」と、言った。 「それでいいの?」と、念を押した。 「松岡クンの若い体を思い切り感じたいのよ」 そう言い終えると、女はタオルを体から取り除き、全身を祐二にさらして見せた。 痩せた筋肉質のスレンダーな裸が、愛される姿勢を整えていた。 両の乳房は小さいが、お椀型の形状が崩れずしっかりと隆起を示している。 くびれたウェストは、まるで少女のような清潔感が漂っていた。 すばやく彼も全裸になった。 女に覆いかぶさった。 顔にキスのシャワーを浴びせ、首筋、耳朶、耳の穴、喉元から胸元にかけ、濃厚な愛撫を丁寧に行った。 すると貞子は、「早く欲しいの」と、せがんだ。 祐二は「貞子さんの体を知りたい」と、言った。 「私もう待てないの、体が燃えて熱いのよ、お願い頂戴!」と、叫んだ。 しかたなく、男は体を重ねた。 「う~っ、う~っ、これなのね。すごいわ。若さがいっぱいよ」と、呻いた。 そう言うと、女に覆いかぶさっている男の体を下からきつく抱きしめた。 すぐに悶絶した。 しかし、その後は彼女の奥ゆかしくも深い秘技の連続に、若い男の体は初めて知る熟女の臥所のテクニックとその魅力に摂りつかれてしまう。 朝までの長く深い交歓が終わると、男は憧れるように年増の女を愛おしいと感じる。 この人を、いつまでも手放したくないと思った。 その後二人は、下町で逢瀬を繰り返した。 激しくその体を求め合いながらも、決して性愛だけを求めての逢瀬だけではなかった。 次第に、母子のような家族愛も育んでいた。 買い物、食事、公園の散歩など、時には貞子の一人息子も交えての団欒のひと時も楽しんだ。 二人は機会を作っては佐竹の下町を巡った。 祐二が慕う人は、女の慈愛に満ちたやさしさと、母性豊かな愛情で若い男を包み込んでくれる。それ故、男は女の骨の髄まで惚れ込んでいた。 何をしても許してくれ、包み込んでくれる女神のようだ。 その人は、自分とは一回り以上も年上で子持ちの女性。 容姿端麗の美人でもなく、見た目は地味な女性。 ひたすら都会の下町の片隅で、身を粉にして懸命に生きている。 人生を、けな気に生きているのだ。 その直向きな生きざまは、汚れを知らない少女のようでもある。 祐二は男として、この不思議な魅力を持つ年上のひとを支えたいと真剣に思い始めていた。だからこのまま貞子と結婚し、彼女の息子の父親になってもいいのだとも思い始めている。貞子と会っている間は、恋しい亮子のことを忘れられている。 自分でも己の心が分からないほど、自制心を失って熟女の魅力に心身を奪われていた。 しかし、貞子は女として愛される喜びの一方で、もう少し冷静に息子を育てる母親の理性も保っている。しっかりと恋愛と結婚とを別の論理で考えている。 それだけ、恋愛も社会経験も積み重ねてきているのだ。 男心は恋する情熱は大きいが、いつも風船のようにいとも簡単に女から飛んでいく。 お互いに、ホストとホステスという夜の社会に生きている。 だから夜の街の危うい絆の中で繋がっているのだ、と常々自分に言い聞かせている。 その可愛い彼氏は、ホスト稼業に身を委ねてはいる。 まだまだ若いし、都会に汚れず拗ねてもいない。 どこか真っすぐな心根もある。 だが、それは魅力とともに危うさも秘めている。 確かに、これまで出会った男にはない新鮮な魅力もあり、母性本能を擽られているのも確か。 だから貞子は、女としてこのまま若い男の魅力に暴走するのか、あるいは静かに別れが来るのか、と真剣に悩むのであった。
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