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始
立ち売り箱の団子が完売した。
ふぅ――と息をついたとき、桜の花びらがひらひらと箱の中に落ちてきて、私は頭上へ目を向けた。
満開の桜と、雲ひとつない空が、私の視界いっぱいに広がる。
春の空はふしぎだ。
晴れているのに、霞がかったような、にぶい水色をしている。
不安定で、頼りない。
気を抜いたら、虚しさに攫われてしまいそうになる、物悲しい色。
それなのに、団子を買っていった観光客は、晴れやかな笑顔で、
「いいお天気でよかったね」
「上着もいらないくらい暖かいし、絶好の花見日和だよね」
と、自明のことを言いながら、空をバックに団子の写真を撮っている。
「青空とお団子、いい感じ!」
「ね。映えてる、映えてる」
スマートフォンの画面を見せ合いながら、彼らは満足気に去っていった。
「馬鹿みたい」
私の口から、ぽろりと本音がこぼれた。
だって、こんなに儚い春の空を見て、いいお天気だなんて笑っていられるのは、彼らの目が曇っているにちがいないから。
そんな目でお花見なんて、馬鹿みたいだ。
私は、花見客の呑気な明るい声に背を向けた。
彼らの声は遠い。
ここにも桜はあるけれど、花見客はみんな、菜の花が咲いている川沿いの並木道へと向かう。
駅の陰に一本だけ立っている桜になんて、誰も関心を持たないのだ。
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