昭和の僕と令和の君

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「大丈夫ですよ、どうして遠慮するんですか?」  「親父からずっと欲しくても我慢しろって教わってるんです」 「そうですか、ここでは我慢なんてしなくていいんです。寧ろ無理して我慢するほうが体に毒ですよ」 「優しいんですね藤崎さん。そうだな、船の上では食べられなかったものを、折角だから食べてみたいですね。その、大変、申し上げ難いんですが肉などを」 肉料理は戦争に行く前後に口にした事がないのだけど、もし、これ以上の贅沢が許されるなら一切れでもいい。いや一口で構わない。一度肉料理を食べてみたい。美味しいおむすびを貪り、そればかりか泣く事も許されるだけで親父の教えに逆らった事になるが、それでも食べられるなら一生に一度でいいから味わってみたかった。身分も弁えずそんな事をお願いするなんて僕はなんて卑しい人間なんだ。 「肉でいいんですか?」 「それを最後の贅沢にして貰えたら、僕はもう死んでも構わない。でないと家族に合わせる顔がないんです」 「恐らく、本郷さんのご家族は、それは望んでないと思います。出来れば自分たちのぶんまで生き抜いて欲しいと」 「僕の家族がそんな事を……」 「本郷さんやご家族の気持がわかると言ってしまえば、それは嘘にしかなりません。でも自分の死を望む家族はあってはいけないんです、だから、ちゃんと生きて下さい」 「藤崎さん」 「ごめんなさい、本郷さん私より随分年上なのに説教してしまって。嫌ですよね、年下の女に説教されるなんて、お肉、買って来ます」 いや、そうじゃない初めて会った時は広島に原爆が落ちた事は知らないとはどういう子だと疑っていたが、話してみれば、考え方もしっかりとしていてとても優しい、人格者だ。勉強したんだろう女には勉強は不要と、女性は勉強をさせて貰えず年頃になったら工場で労働させられるのに。よく勉強したものだ。 「お肉、ハンバーグで良かったですか?」 「はんばあぐ?」 「このお肉の事です。お野菜も摂って欲しいのでソテーが付いたのを買って来ました」 「そていってこのつやつやした野菜の事です?」 「ええ、お野菜を蒸したものです。しっかり食べて下さいね」 一口で構わないのに、こんな分厚い肉と色の良い野菜を買って来てくれるとは、戦争中は滅多にも起こらない事だった。しかも若い女性がだ。ここまで我儘が叶い、贅沢が許される事は今後二度と起こらないだろう。本当、有り難い。 「有り難う御座います、では戴きます」 僕ははんばあぐに両手を合わせ、会釈した。 「本郷さんと話してると、失礼だけどお爺ちゃんと話してるみたいです」 「僕が? 藤崎さんは、娘と話してるような気分です。生きて会えたなら、きっとあなたと同じ事を言うのかも知れません。明美は」 僕は、はんばあぐを割り箸で掴み、口の中にゆっくりと頬張ってみる。
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