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昭和の僕と令和の君
「おじさん、大丈夫ですか?」
唐突に声をかけられて僕は目を覚ます。確か大戦から帰還して広島県呉市の実家に帰ったところ、原爆が落ちて僕は死んだ。そう思っていた。まさか辛うじて僕だけが生き残ってしまったのか、だとするとここは防空壕の中か疎開先という事になるが様子が違う。
「ここは?」
周囲は「敵性語」(大日本帝国語以外の諸外国言語)が並ぶ店がずらりと建っており、聞き慣れない言葉の音楽が流れている。僕に声をかけて来た女性は桃色の長髪にやたら露出の高い服装をしているので米国の人かと思いもしたが、大日本帝国語を話している。「ぱんぱん」(淫売、現在で言うところの風俗嬢)の類だろうか。しかし外を出歩く事はない筈だが。
「日本、あ、トー横だけど」
「ここが大日本帝国だと?」
「東京都歌舞伎町だけど?」
「広島県呉市じゃないのか」
「ひろしま? くれして?」
「知らないのか?」
嘘だろ、広島県呉市は明治中期まで大日本帝国の首都だった街だ。僕は広島県の呉市江田島兵学校を卒業後、日本海軍日本入隊し「雪風」に搭乗していたのだが、広島県がないなら僕は一体何県何市の人間になるんだ?
待てよ、東京が横文字だらけと言うことは大日本帝国は大戦で負けて欧米に占領されてしまったのか、だとしても昭和天王陛下が降伏したなんて僕は聞いてない。
「いや知らんけど」
「8月6日に原爆が落ちたんだ」
「ええええ! まじで?」
「どうやらそれも知らないようだな」
「初めて知ったし、おじさん名前は」
「本郷平次郎だ、日本海軍にいたよ」
「え待って、自衛隊じゃなくて?」
「じえいたいだと?」
「そっちこそ自衛隊知らないくせに原爆知らないとか言ってきて、まじコンプラ違反じゃなくね」
「こんぴら?」
「コンプラ!」
「きんぴら?」
「コンプライアンス! 法令遵守の事。おじさん知らないの? どこの学校出?」
「法令を守れと言うことなら大日本帝国の法令は一軍人として遵守してきたつもりだ。君こそ守らないと危ないぞ、敵性語は喋っただけで処刑にされる。それから江田島兵学校出だ。しかし人に名前を訊ねるなら君も名乗るべきだろう」
「ごめん、あたしは藤崎るか」
「るかさん? 女性だと美智子とか多恵子とか幸子だと思うが大日本帝国の名前じゃないな。まさか欧米人との間に……」
「ちがくて、日本人だって。おじさんスマホとか持ってないの?」
「すまほ?」
「携帯電話の事」
「けいたい? 電話といえば黒の固定電話だろう!」
「持ってないか、今時スマホ持ってないとかおかしいよ。そうだ、家の電話番号わかる?」
「〇八二三の二四…」
「ちょっと待って、それどこの市外局番? 〇三じゃないの?」
「広島県ではそうだ。東京では〇三なんだろうけど」
「なるほどね」藤崎さんはくすっと笑いながら、何やら薄っぺらい長方形の物を鞄から取り出すと広島県の実家に電話をかけてくれたが『おかけになった電話は現在使われておりません、電話番号をお確かめの上おかけ直し下さい』と、どこか感情のない冷ややかな音声が流れた。
「ちょっといいか、あのお姉さん。確かにその番号で間違いない筈だ。そっちこそよく確認してくれ!」
「本郷さん、音声の案内だから無理だって」
「畜生、しかし8月6日以降から何も口にしていない。腹減ったなあ」
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